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作詞:でにょ 作曲:鼻そうめんP 歌:初音ミク 誰にも届かない 我がままな願いを 小さな身体で 守り続けている いずれ忘れられて 消されてしまうなら 今だけこのまま 夢を見させていて ああ 闇に惑いながら ひとつだけ気づいた 足踏みしてても 奇跡は起きないと 迷いを振り切って 走り出してみれば 行き着く明日は 色鮮やかになるかな 次元を越え インカーネイションして あなたに会いにいこう どうしてだろう 未知の世界さえ 不思議と怖くない 子どものように 泣いてばかりいた 昨日を脱ぎ捨てて 生まれ変わる 光をまとった 新しい自分へと 目を閉じても手をつなげるほど 近くに寄り添って 未来を行く二人の姿を 確かにしたいんだ
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『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 作者 伊南屋 投下スレ 1スレ レス番 444 450-452 456-458 474-475 507-508 512-514 備考 雨が語った前世の話という設定 444 伊南屋 sage 2006/11/03(金) 16 00 47 ID raYm8cxX 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 焦土を、風が吹き抜けていく。 端々が灼け焦げ、破れた軍旗がそれに煽られ、ばたばたとたなびいている。 そこに満ちた、噎せ返るような死臭は風が吹けど晴れることはなかった。 昨日まで此処は戦場だった。幾千、幾万の命が一塊の駒として扱われ、散って逝った。 その戦場跡には勝者も敗者もなく、等しく死のみが在った。 「また、人が死んだな」 荒野を見ていた青年が呟いた。所々、泥で汚れながらも金色の髪だけは輝きをそのままに風に揺れている。 「戦乱の世にあって人が死ぬのは仕方の無いことです」 青年の後方。影のように付き従う少女が答えた。 その少女は長い黒髪を垂らし、身を包む鎧を血に汚していた。 今回の戦争の勝者である王が青年であり、戦いで最も武勲を挙げた剛の者が少女であった。 青年は少女の言葉に溜め息を一つ吐き。その瞳に愁いを込めて零した。 「それでも、やはり哀しいのだ。人の命が喪われるのがどうしようもなくな」 「でしたら」 少女は応える。 「王が、世を統べれば宜しい。私共はそれを願い付き従っているのですから」 その言葉に青年は決意とも取れる表情で。 「そうだな」 と呟いた。 「さあ、皆が待っております。お戻りになって下さい」 「……ああ、分かった」 一度だけ、青年は焦土を眺め回すと身を返し歩み始めた。 傍らに少女を従え、重い足取りで一歩毎踏みしめるように。 「俺が、統べる世か……」 だれにも聴こえぬ声で青年は洩らした。 それは、一人の王が世を統べる、少し前の話。 450 伊南屋 sage 2006/11/05(日) 16 56 15 ID qL2oc5oa 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅰ. クラウチ大陸東部に位置する小国。ギミア。 小国、と言うのはかつての事であり。今はいくつかの隣国を武力で平伏し、列強の仲間入りを果たしたばかりの今最も勢いのある国である。 年若き王は『獣王』と呼ばれ、古くから続く大国には野蛮な侵略国であると疎まれている。 ただ、実際に武力を振るい他国を侵略したと言えるかは微妙な所であった。 「――以上で、拠度の“防衛戦”の戦果報告を終わります」 兵卒が手にした目録を読み上げたことを告げる。 被害、得た領地など今回の戦にまつわる収支である。 それを質素な、一応は玉座となっている席で聞いていた青年は盛大に溜め息を吐き出した。 「これで……何度目だ」 傍らに控える少女に声を掛ける。声を掛けられた少女は事も無げに。 「六度になります」 と答えた。 ――六度。六度に渡りこの国は侵攻を受けた。 その全てを退け、逆に攻め入ってきた国を落とし、この国はその版図を広げてきた。 そして、ただの一度として自ら攻め入るということは無かった。付け加えるならば、本来この国に戦争をするだけの余裕は無いはずだったのだ。 それでも生き残れたのは、一騎当千の武人であると同時に、無二の知謀を持つ軍師である。今、王の傍らに控える少女に拠るところが大きい。 そして、そんな綱渡りのような戦争をこの国は繰り返してきた。 「いい加減……俺は疲れたぞ」 故に青年が漏らしたその言葉は偽らざる本心であったと言えよう。 「今日はもう、休む。後を任せるぞ」 傍らの少女にそう残すと、青年は立ち上がり私室へと引き返した。 私室に戻った青年は、わき目も振らず寝具へと身を投げ出した。 数週間にも渡る戦を終え、王ながらも前線に立ったその身には疲れが堆積しておりすぐにでも眠れそうだった。 「お疲れだね、ジュウ様」 「…………雪姫か」 視線を巡らせば部屋の片隅に、部屋に入る前から既にいたのだろう。少女が立っていた。 長い髪を後頭部にまとめ、背に垂らした少女は瞳に悪戯な光を湛え微笑んでいた。 「なにをしてる。まがりなりにも此処は王室だぞ」 ジュウ。そう呼ばれた王は眠りを妨げられた不愉快さも露わに少女を睨む。 少女――雪姫は苦笑すると、寝具の端に腰を下ろした。 「一応、ジュウ様の事を労いに来たんだけど……邪魔だった?」 451 伊南屋 sage 2006/11/05(日) 16 58 54 ID qL2oc5oa 雪姫は王を相手にしながらも対等に話す。ジュウもそれを嫌がるでもなく、対等の言葉で返す。 「邪魔だ」 その言葉に雪姫はむっ、と頬を膨らませる。 「そんな事言うジュウ様は嫌いだな~」 「別に構わない。だから寝かせてくれ」 「あ~。ウソ嘘、嘘だから。そんなふてくされないでよ」 余りに素っ気ないジュウの態度に、一度は見せた不機嫌な態度をあっという間に軟化させる。 ジュウは投げ出した身を起こし、雪姫に改めて聞いた。 「それで、結局何しに来たんだお前は」 「だから言ったでしょ? 労いに来たんだって」 そう言って雪姫は身を擦り寄せる。ジュウは軽く身を引きながら。 「……夜伽など、侍頭のお前がする事ではないだろう」 言って、雪姫を制した。 ――そう、この雪姫という少女は侍頭の地位を与えられた、歴としたこの国の武人である。 侍頭・斬島雪姫。うら若き女性なれど、この地位まで昇り詰めた実力は確かなものである。 そのような女性が、今更身を売るような真似をするとは考え憎い。 そして、それ以上に。 彼女がふざけているのだとジュウは個人的な付き合いの中から、経験則的に察知していた。 しかし、結局腹の探り合いに置いては雪姫に一日の長がある。 ジュウは一言を返した時点で、既に雪姫の術中にはまっていた。 「う……」 声が上がる。それはジュウが発したものだ。声音には心地良さそうな響きが含まれている。 「ふふ……」 ジュウの上には雪姫が跨っている。その身を使い一心にジュウへと快楽を与える。 雪姫は微笑みながら身を屈め、ジュウの耳元に唇を寄せた。 「夜伽が……なんだっけ?」 その言葉にジュウは顔を赤くする。枕に顔を沈め雪姫には見えぬようにはしているが雪姫は雰囲気でそれを察知したようだった。 くすくすと笑いながら腕に力を込める。 「ふ……っう」 「どう? 気持ち良いでしょ?」 「……ああ」 ジュウは与えられる刺激に、心地良さと屈辱感を同時に覚える。 「やらしいねジュウ様は。“労る”って言っただけで夜伽を連想するなんて」 雪姫が更に力を込める。 「私は、こうしたかっただけなのに」 ジュウの背中に体重が載せられ、圧迫される。 「ねえ、ただのマッサージなのに」 「分かったって言っただろう!」 余りに執拗な雪姫にジュウが吼える。先からマッサージの最中。ずっとこの調子なのである。 452 伊南屋 sage 2006/11/05(日) 17 03 14 ID qL2oc5oa 確かにマッサージは上手いが、これでは身体が休まれど心は休まらない。 「暴れちゃ駄目だよジュウ様。……間違って変なツボ圧しちゃうかも知れないから」 「なんだその“変なツボ”って……」 「んふふ、知りたい?」 「……いや、遠慮しておく」 雪姫は「残念だな」と呟くと再びマッサージに集中する。 黙ってさえいればこのマッサージは極上だなとジュウは思った。 確かに凝り固まった筋肉が解され、詰まっていた血が流れていくような気になる。 加えるなら、背に跨る雪姫の太ももにしても、柔らかく甘美な刺激となっているのだが。 それについてはジュウ自身が心中で必死に否定していた。 「はい、おしまい」 最後に肩の辺りを平手でぱんぱんと叩き、マッサージの終了が告げられる。 ジュウの背中から雪姫が降りる。 「……一応礼は言う。ありがとうな」 「ん、どういたしまして」 雪姫はそう言って立ち上がる。 「それじゃ、後はゆっくり眠って疲れを取ってね。王様が体壊しちゃだめだよ?」 ジュウは、分かっている。とばかりに頷いてみせる。 それを確かめると雪姫は廊下へ繋がる扉に向かい。取っ手に手を掛ける。 そこで雪姫は思い出したようにジュウを振り返った。 「言い忘れてたけど」 そう言って、あの悪戯な笑みを浮かべ。 「夜伽さ。ジュウ様が望むなら、お相手するからね?」 それだけ言って扉を開け。ジュウが何か答える前に出ていってしまう。 「……あいつは」 最後の最後でどっと疲れさせられた気気がする。 残した台詞は考えないことにして、ジュウはまどろみの淵に身を浸す事を選んだのだった――。 続く 456 伊南屋 sage 2006/11/06(月) 19 31 13 ID pPyBBiTT 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅱ. 夜の帳をランプの灯りが掻き消す室内。執務机の上、黙々とペンを走らせる音だけが聞こえる。 その音の主は、常に王の傍らに控えていた少女だ。 名を堕花雨という。 本来は騎士団長であり、斬島雪姫同様この国の武の要であるはずの彼女が片付けているのは国政に関する書類の山である。 元来は王であるジュウが片付けるべきものではあるが、雨が王直々に判断を下すまでもないとしたものは、代わりに雨がその裁量にあたっている。 今は戦が終わったばかり、細々とした雑務から大規模工事。国の方針決定などするべき事は山とある。 必然。雨が受け持つ仕事も多くなっている。 暫くはろくに休めまい。そんな個人的な心配と、国に関するあることを憂い雨は小さく溜め息を吐いた。 「珍しいね。お姉ちゃんが溜息なんて」 雨に茶を差し出し、雨の妹――光が声を掛けた。 光は雨の側近として、せめてもの雑用くらいはと雨を手伝っている。そんな側近として、また妹として。稀に見る姉の溜息に心配をしたのだ。 礼を言いながら茶を受け取り、雨は答えた。 「心配なの。この国は今、とてつもない勢いで大きくなっている。それは良いことなのだけれど……勢いが強すぎるの」 「どういう事?」 「国の基盤が整わない内に、否応なく巨大化しているのよ。このままでは細部に手が回らなくなって国が荒れるわ」 事実、国政の人員配備は十分と言えず。辺境等は現時点でしても手が回りきっていないのが事実だ。 雨の言葉通り、このまま国が肥大化を続ければ、いずれ国は瓦解してしまいかねない。 雨はそれを憂いているのだ。そして「それに」と付け加え続ける。 「地方領主の中には国属を拒否する姿勢の者もいるわ。彼等を説得しなければ税の徴収もままならない」 ――つまり、この国は肥大化の速度に追いつけず末端が機能していないのだ。 生物は末端が機能しなければそこから壊死を始める。 国も同様だと雨は考えていた。 綱渡りなのはこれまでの戦以上に、国政の現状であった。 「幸いと言うべきか。ある地方領主が巨大な権力を有していて、そこさえ説得出来れば他の領主の多数も従えられるわ。 だから近い内、そこへ説得に赴かなくてはならないわ」 そこまで言って雨は二度目の溜息を吐いた。 「またジュウ様には苦労をかけてしまうわ……」 457 伊南屋 sage 2006/11/06(月) 19 33 22 ID pPyBBiTT 「良いのよ、どうせ飾りの王様なんだから。こういう時くらい役に立ってもらわなきゃ」 「光ちゃん」 光の言葉を雨が強い口調で遮る。 「あの方は決して飾りなどではないわ。たしかに今は未熟な王だけれども。いずれは、この戦乱の世を平定するに足る大器をお持ちよ。 ……だからこそ私はあの方に仕えているのだから」 そう強く語る雨の想いは真っ直ぐで。例え妹である光といえどそれ以上は何も言えなかった。 雨は執務机に向き直ると。 「今日はもう遅いわ。光ちゃんは先に眠りなさい」 と言って、自分は再び書類と格闘を始めた。 光は無言でそれに従い寝室へと向かった。 光が去り、雨一人となった室内。 ただ、ゆらゆらとたゆたうランプの炎だけが、雨を照らし続けていた――。 続く 458 伊南屋 2006/11/06(月) 19 55 09 ID pPyBBiTT 『レディオ・ヘッド補足授業』 「作者が未熟なので本文で追い切れていない設定について補足する本コーナー。司会兼講師の堕花雨です」 「……早速だが質問だ」 「なんでしょうジュウ様?」 「前世の話なのに名前なんかが全く一緒なのは何でだ?」 「実は前世は言語体系など全く違う文明の国です。ですから前世は前世で名前があるのですが名前が違うと誰が誰か混乱する為に現世の名前を本文では用いています」 「なるほど」 「というのは建て前で本当は名前が思い付かなかっただけらしいですが。 ちなみに私はレイン・フォールブルームと言う名前が用意されていたそうです。まんまですね」 「……」 「他に質問はありませんか?」 「はいはいはいっ!」 「雪姫、どうぞ」 「実際ジュウ君が治めている国はどんな国なのかな?」 「本文内の文明レベルは中世ヨーロッパ……という事ですが一概にそうは言えないようです。 特にジュウ様が治める国は柔軟に他国の文化を受け入れ様々な思想、文化が入り乱れています。 そのあたりは現代日本みたいですね」 「私の前世が侍頭だったり雨の前世が騎士団長みたいに色んな体系がごっちゃになってるけど?」 「それも上記の理由ですね。前世世界において戦国日本に似た国がありますからね。 そこから大和式戦術とでも言うべきものを吸収したのでしょう、騎士団は昔からあったようです。逆に侍衆は最近出来た部隊ですね」 「お姉ちゃんが国政をやってるみたいだけどやっぱりアイツは飾りなんじゃないの?」 「それはやはり間違いですよ光ちゃん。実際、国政の深くに関わる部分はジュウ様が直に裁量を下しています。 私の前世がやっているのはそれこそサインをするだけの書類や私が裁量を下しても問題にならない程度のものです」 「ふーん」 「さて、今日の補足授業はこの辺にしましょうか」 「まだ質問があるんだが……」 「いけません。あえて今回は一部ぼかした部分もありますからこれ以上突っ込んだ質問をされると作者的にはネタバレとなってしまいます」 「そ、そうか……」 「申し訳ありませんジュウ様」 「(伊南屋)と言うわけでレディオ・ヘッド リンカーネイション。今暫く……長くなりそうではありますがこれからも宜しくお願いします。次回はレディオ・ヘッド続きかリクエストになるかと思われます。それではまた。 毎度、伊南屋でした」 474 伊南屋 sage 2006/11/10(金) 18 48 11 ID ekNWcoY5 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅲ. 「何故、私が……」 がたがたと揺れる馬車。御者が、不服たっぷりに呟いた。 森の中、殆ど野道のような通りを馬車が走っている。向かうは東方。とある地方領主の治める集落である。 朝早くから城を出た馬車だったが今は日も暮れ掛けている。 その長い時間。ジュウは御者が漏らす割と短い間隔で聞こえてくる呟きを聞き続けていた。 「しょうがないよ。騎士団長は国を離れられないんだしさ」 今回の遠征に護衛として同行している雪姫がもう一人の同行者たる御者に慰めともつかぬ言葉を掛けた。 「私が交渉の同行をするのは良い。だけど国政は王にやらせて団長が交渉にあたればいいって言っているの」 ぶっきらぼうに答える御者――騎士団副長・円堂円に雪姫は溜め息を交え言った。 「だから~……ジュウ様が直接交渉にあたる事で誠意を見せて少しでも説得を確かなものにする。そう雨に三回、私からは十回以上説明したよね?」 道中何度もこのようなやり取りが繰り返されている。 ジュウはそれを聞きながら、そう思うのも仕方ないかと思った。 自分は未熟者。加えて円は自分を、いや男というものを嫌っている。 雨が国政を行っているのだから雨に王権を譲れと、本気で迫られたこともある。 と、そこまで考えて自分が敬意の対象になりえていない事実を思い出す。 円然り、雨の妹の光も自分を嫌っている節がある。雪姫は友好的ではあるが、それは敬意には程遠い。 唯一雨だけがはっきりと自分に対して敬意を払ってくれている。 しかし、ジュウは第一に自分が敬意を払うに値する人間だとは思っていないので、この状況を別に悲観するでもなく受け止めていた。 「なにぼーっとしてんの? ジュウ様」 遠く思索に耽っていた意識が引き戻される。 「なにか考え事?」 覗き込み、訪ねる雪姫に対して、ジュウは事も無げにさらりと。 「お前達の事を考えてた」 と答えた。 「……」 暫くの沈黙。しかしそれは長く続かない。 「やぁーっだ! ジュウ様何言ってんの、やだ恥ずかしい~!」 実に嬉しそうに身を捩らせながら雪姫がジュウをばしばしと叩く。 「そんな事さらっと言うからダメなんだよ~?」 自分が言った言葉の破壊力に気付かず、ジュウはただ痛みを訴え戸惑うばかり。 「あ~ん、も~。雨や光ちゃんにも聞かせてあげたい~。ジュウ様ったら凄いカッコイい~」 475 伊南屋 sage 2006/11/10(金) 18 49 29 ID ekNWcoY5 異様な雪姫の反応にジュウは更に戸惑いを深める。 「……これだから男は」 呟く円の棘のある言葉も、何故そんな事を言われるのか分からない。 「なん……なんだ?」 「ねえ、ジュウ様」 戸惑うジュウなどお構いなしに雪姫がジュウに言った。 「今日一緒に寝よっか?」 「なんでそうなる!?」 「あ、一緒に寝たらむしろお互い眠れないかも」 「だからなんで!?」 「……優しくしてね?」 「いや、聞けよ!?」 「バカなこと言わないでよ。特に王」 「俺かよ!」 そんな風にして一向を載せた馬車は東へ東へと進んでいく。 馬車からは絶えず馬鹿馬鹿しい会話が漏れ聞こえたという――。 507 伊南屋 sage 2006/11/25(土) 14 13 35 ID 0v0a0v87 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅳ. 夜――。 辺りは暗く。月は隠れ、地を照らすのは星灯りだけ。 重い緞帳を落としたような闇の中、一向の馬車は足を休まざるを得なかった。 予定していた街に辿り着けず、仕方無く街道の脇で野宿をする事になった。 焚き火の爆ぜる音、橙の炎を囲み、三人は腰を下ろしていた。 「下らない足止めを食ってしまったわね」 呟いたのは円だ。つい数刻程前の出来事を思い出し、忌々しげに毒づく。 「山賊なんて、数ばっかり揃えた烏合の衆に時間を取られるなんて……」 円は最後に、これだから男は。と付け加えた。 「数ばかり居て手間取るんだよね~。ましてやこちらは三人しかいないし」 応えて呟いた雪姫に、ジュウが反論する。 「……なんで俺が頭数に入ってるんだ」 言ったジュウは、所々にかすり傷が目立つ。先の襲撃ではジュウもその身を危険に晒しながら戦ったのだ。 「良いじゃん、戦争の時だって前線にいるんだし」 「まあ……それはそうだが」 しかし、だからと言って一応は王なのだ。その辺の三流武人に遅れは取らない、ましてや山賊なら楽に倒せる程度には戦えるとは言え、それも精々が一対三あたりまで。 それ以上となればある程度は捨て身になり、それなりの怪我は覚悟しなければならない。 今のように、十五人を相手に一人当たり五人などと言って、更にその五人を倒しても、無傷で息一つ上がらない円や雪姫とは訳が違うのだ。 それでも、そこまで口にしないのはジュウの、プライドや意地と呼ばれるものからだった。 「ただ、一つ気になるんだよね」 珍しく声に真剣さを帯びさせた雪姫が言った。 「あいつら、山賊にしては動きが整いすぎじゃなかった?」 「それは私も感じたわね」 雪姫と円は、山賊の動きがそれらしからぬ事に気付いていた。 それ自体はおかしくはない。敗戦国の残党が徒党を組んで山賊行為に走るのはよくある話だ。それならば山賊でも統制の取れた動きは納得がいく。 しかし、二人は更に彼等の動きが妙に戦い慣れたものであると思った。 しかも、それはエリート兵卒の、研ぎ澄まされた刃のように洗練された動きではない。 むしろ、使い慣らされた鉈のような、野戦に合わせた動きであると感じた。 そんな戦い方をするのは大方、傭兵と呼ばれる人種だ。 しかし傭兵ならば、この戦乱の世。戦争のある国に雇ってもらい、そこで戦った方が収入は多い。 508 伊南屋 sage 2006/11/25(土) 14 17 18 ID 0v0a0v87 つまり、傭兵ならばわざわざ山賊に身をやつす必要はないのだ。 となれば、考えられる事は限られてくる。それは例えば――。 「山賊に見せかけた、私達を狙っての襲撃?」 円の弾き出した答えもその一つ。ジュウと領主の会談を快く思わないもの。もしくは領主その人からの差し金か。 いずれにせよ会談を阻止せんと何者かが暗躍している事になる。 「もしくは、なんらかのトラブルのとばっちりを受けたって所かな?」 雪姫の答えもまた、可能性の一つ。狙いは自分達ではなく他の誰か。 その理由が何にせよ、自分達はただの巻き添え。 もっとも、これらの答えのどちらかが答えだとすれば、いずれにせよ不穏な気配は変わらない。いつ再び襲われないとも限らないのだ。 「まったく……今日は寝ずの番でもするか?」 「そうね、呑気にキャンプ気分で野宿って感じではないわ」 「じゃあ三人交代ね。出発は日の出と共にしよう」 「って、また俺が頭数に入ってるのかよ」 「当たり前でしょ。自分の身は自分で守りなさい」 あっと言う間に段取りが定められる。 ジュウが反論する間もなく見張り番も定められた。 もっとも、ジュウも反論する気はさしてないので不満はない。第一、一応文句は言ったがどの道見張り番はするつもりだったのだ。 焚き火を消し、最初の見張り番となった雪姫を残し、ジュウと円は馬車の幌に入り、眠る事にした。 「なんかしたら殺すわよ」 「なんもしねぇよ」 「ジュウ様、私と一緒の時は襲って良いからね!」 「見張ってろ!」 一通りツッコミ終えたジュウは、何事もなければ良いと、切実に願いながら眠りに落ちる。 月を隠す雲はさらに広がり、星も隠し始めている。 更に闇は深くなりつつあった――。 512 伊南屋 sage 2006/11/26(日) 21 10 32 ID OZntjXEf 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅴ. 闇の中、なお影に沈む森を駆ける足音。息荒く、地を踏みしめる足はただ前を目指す。 より速く、より遠く。逸る気持ちは汗を滲ませ、心の中で焦れていく。 「くそっ!」 漏れるのは悪態。苛立ち紛れの、誰に向けたわけでもない言葉。 いや、向ける人間はいた。今、一歩でも遠ざかろうとする追手。 どれくらい引き離したのか。振り返る事は出来なかった。 まるで、すぐ後ろ。肩に息が掛かるほどの距離に、敵がいる気がして。 違う。耳にかかる息は、背に負った少女だ。自分が守ると決めた少女だ。敵じゃ、ない。 「もうすぐ、街道だ……」 街道に出れば、後は領主を頼る為に街道を進むだけ。そうすれば、或いはこの少女を救えるかもしれない。 「見えた……っ」 闇の中に浮かぶ、僅かに薄い闇。常人には気付けない明度の差から、森の出口を悟る。 一息に駆け抜ける。壁のような左右の樹が消える。現れるのは、雲に覆われた空。 闇から闇に出た。 「っはぁ!」 足を止める。まだ走れる。なのに足は震えていた。 「こんな時にっ!」 膝を叩きつけ、頭を上げる。見えたのは馬車。 「こんな所に……?」 何故、馬車が。いや、それよりこれは天の助けかも知れない。 乗せて貰えれば自分の脚より速く、領主の下へ向かえる。 幌の中で野宿をしているだろう主に声を掛けようと歩み寄る。 「大丈夫なのか?」 背から、声。心配そうに少女が呟いた。 言われて気付く。先回りした追っ手かもしれない。気付いて身が強張る。一度は止まった震えがぶり返す。 その時、風が吹いた。 風は雲を運び、雲の切れ間を作る。 そうして月が夜空に曝された。 月光に浮かび上がる。馬車の傍らに佇む人影。 朧気な人影は女性のものだった。 その姿は段々とはっきりし、少女の姿を象る。 そして、少女は言った。 「君、如何にも普通じゃないけどさ……」 笑みを浮かべ。 「君は敵かな?」 *** 「君は敵かな?」 雪姫は、森の向こうから現れた人影に向かって言った。 丁度、雲の切れ間から月灯りがその姿を照らす。 自分達と同年代だろう。 どことなく、初めてとは思えない雰囲気を感じる少年だった。 その背には、まだ十にもなっていない、精々が七つか八つの幼い少女。 二人とも何かに怯えているようだ。 少なくとも自分と、それ以外の何かに。 513 伊南屋 sage 2006/11/26(日) 21 12 43 ID OZntjXEf 答えない少年に、再び雪姫は尋ねた。 「君は、敵なのかな?」 「……それはこっちの台詞だ」 強がり。雪姫には分かる。その態度が虚勢だと。しかし、だからと言って油断することはない。気を抜けば、急鼠猫を噛む。手痛い反撃を喰らいかねない。 何故ならば、少年の怯えた雰囲気とは裏腹に、佇まいには隙がない。闘いと言うものを知っている者の姿だ。 ならば虚勢はそうと悟らせる芝居。油断をさせる構えか。 故に雪姫は穏やかに応えた。 「多分、敵じゃないと思うよ。私達はここの領主に仕事で会いに来ただけだし。昼間、山賊だか傭兵だかに襲われたから一応警戒してるんだ」 「山賊……?」 「分かんないけどね。事実としてあるのは、私達が襲われたって事だけ」 少年はしばし思案して問いを返した。 「その中に、無駄にえばり散らした奴と両腕にガントレットをしたデブを見なかったか?」 「随分な言い方だね。……見てないよ。少なくとも私達を襲った連中にはね」 「そうか……」 再び思案に耽ろうとした少年を、雪姫は制する。 「今度はこっちの質問に答えてよ」 「……答えられる事なら」 「うん、じゃあ追われてるんだよね? なんで追われてるの?」 少年は背負った少女を振り返る。暫くそうして考えたのだろう。再び雪姫に向かい答えた。 「悪いが、答えられない」 「う~ん、そっか……。じゃあ理由は良いとして、誰に追われてるの?」 「悪いがそれも……」 「困ったな~。こういう時に雨が居れば効果的な質問が出来るんだけど」 呟きながら腕を組み頭を傾げる。 「ん~……じゃあ名前、名前は? あ、あたしはね雪姫って言うの」 少年は一転して無関係になった質問に目をぱちぱちさせた。 余程拍子抜けしたのか口まで開いている。 少女は自分でそれに気付き、慌てて表情を引き締めた。 そうして、少年はようやく質問の答えを一つ答えた。 「俺は、真九郎。紅真九郎だ」 *** 「紅真九郎くんか……」 雪姫と名乗った少女は真九郎をまじまじと見つめながら呟いた。 その視線にどこかくすぐったいものを感じてしまう。まるで品定めされているようだとも思う。 「それで、その娘は?」 視線が真九郎の背後に移る。肩越しに少女達の視線が絡んだ。 「真九郎、降ろしてくれ。このまま名乗るのは失礼にあたる」 その言葉に従い、背中から降ろしてやる。しっかりと確かめるように足を踏み締める。 514 伊南屋 sage 2006/11/26(日) 21 16 09 ID OZntjXEf 彼女はずっと負ぶわれていたので久方振りの地面なのだ。 「しっかりした娘だね」 微笑みを浮かべる雪姫。その一瞬、真九郎はあることに気付く。 「私は……」 今まさに名乗らんとする所を、真九郎は遮った。 「こっ、この娘は俺の妹で紅……紅紫だ」 「真九郎?」 振り返り、訝しげな表情を浮かべる少女に、真九郎はしゃがみ込み耳を寄せる。 「……お前の名字は出さない方がいい……」 「……相手は悪い人間ではない。真九郎も分かるだろう?」 「……それでもだ。お前が九鳳院の人間だとは悟られない方がいいんだよ」 真九郎の言葉に一応の納得をしたのか、紫は不承不承頷く。その渋い表情も一瞬で消し去り、改めて名乗った。 「紅……紫だ」 「紫ちゃんか、よろしくね?」 「……よろしく」 雪姫と紫、互いに微笑みを浮かべる。割とこの二人、仲良くできそうだ。 「さて……次の質問と行きたい所だけど」 雪姫が言った。 「ちょっと長話が過ぎたかな?」 言葉と同時、気配。 「なっ……?」 気配の数は、二十前後か、取り囲むように配置され逃げ場はない。 驚くべきは今の今まで存在を察知させなかった手腕。一人一人が手練であると分かる。 「山賊まがいの傭兵に、隠密暗殺部隊。どうやら予想は私が当たったみたい。……嬉しくないけどね」 雪姫が真九郎には分からない言葉を漏らす。溜め息を一つ吐くと馬車の中に居るらしい仲間を起こす。 「起きて! ジュウ様、円! 敵襲!」 中に声を掛けると真九郎の方へ向き直る。 「紫ちゃんを馬車の中に!」 「あ……ああ!」 急ぎ、紫の手を引き馬車に駆け寄る。辿り着くと、馬車の中に紫が引き込まれる。 入れ替わりに出て来たのは、金髪の少年と、ショートカットの少女。 「……誰?」 本当に眠っていたのか疑いたくなる程はっきりと少女が雪姫に尋ねる。 「説明は後、こいつら片付けてからね」 「また、戦うのか……」 金髪の青年はいかにも起き抜けといった風情で、欠伸を噛み殺している。 「ほら、しゃんとする!」 雪姫に言われ、背筋を伸ばした少年に、真九郎は何か近しいものを感じた。 似た者同士の共鳴というか、とにかくそういった物を。 「さあ、来るよ!」 雪姫の声に、真九郎は身を緊張させる。 包囲の輪は狭まり、戦闘態勢は完成している。 刹那の静寂。 風が吹いた。 それを合図にそれぞれが駆け出す。 闘いが、始まった。
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作詞・作曲:鼻そうめんP 唄:初音ミク http //www.nicovideo.jp/watch/sm4084182 歌詞 誰にも届かない 我がままな願いを 小さな身体で 守り続けている いずれ忘れられて 消されてしまうなら 今だけこのまま 夢を見させていて ああ 闇に惑いながら ひとつだけ気づいた 足踏みしてても 奇跡は起きないと 迷いを振り切って 走り出してみれば 行き着く明日は 色鮮やかになるかな 次元を越え インカーネイションして あなたに会いに行こう どうしてだろう 未知の世界さえ 不思議と怖くない 子どものように 泣いてばかりいた 昨日を脱ぎ捨てて 生まれ変わる 光をまとった 新しい自分へと 目を閉じても手をつなげるほど 近くに寄り添って 未来を行く二人の姿を 確かにしたいんだ コメント 名前 コメント trackback
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『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 作者 伊南屋 投下スレ 1スレ レス番 733-736 754-757 備考 雨が語った前世の話という設定 733 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/29(月) 20 09 50 ID +32Vm2VX 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 ⅩⅡ―“斬劇” 閃くは剣刃。ただ殺意を成すために、全ての刃を死神の鎌へと変える一族が衝突する。 「ぅらぁぁあああ!」 裂帛。そう言うにはあまりに獣じみた咆吼を上げ、切彦が鋸を振るう。 一見すれば素人の動き。勢いに任せただけの突撃だが、事実は違う。 最短距離を最速で駆ける。命を刈り取る為に、最も効率的な攻撃。 剣士の敵と揶揄される斬島。武道とは懸け離れた殺人術の発露。 しかし、雪姫も斬島である。故に、その動きは予想の範囲である。 雪姫は庭に立つ石灯籠を盾にするように後退した。 「邪ぁ魔ぁぁあああ!」 再び咆吼。鋸が石灯籠に激突する。 普通ならば、それで止まるはずだった。 異常だから、それで止められなかった。 鋸が、激しい火花を散らし、削擦音を立て、振り抜かれた。 斬島とは刃を扱うのがただ上手い。それだけの血族である。だが、それだけの事を異端となりえるまでに高めれば、どうなるか。 その一つの解答がこれであった。 何の変哲もない。工具の鋸で、石灯籠を一刀両断する。 削り斬られた断面は美しいまでに平坦。辺りに粉塵を巻き上げ、分かたれた灯籠が落下した。 「……化物が」 その光景に雪姫が忌々しげな声を上げる。 これが、斬島の正統の力。ただ殺す為に、壊すために刃を振るう者の姿。 戦慄が背筋を駆ける。 しかし、雪姫は気圧されず、凛と立つ。 刹那、前進。自らの最速をもって、距離を零に。 闇に銀の光が疾る。 高く澄んだ音を響かせ、刃が交錯した。 数瞬と置かず、再度銀閃が交わる。 一合、二合、三合。 神速で閃く刃は激しく打ち合う。 雪姫が大上段から振り下ろせば、それを切彦が下から弾き上げる。 切彦が返す刃で横抜きに刃を迸らせれば、雪姫の倭刀が辛うじてそれを受ける。 押し合い、弾き合う。 開く距離は、互いにとって未だ間合い。 雪姫が、切彦が駆ける。交錯する刃は紫電の如く火花を散らした。 「ははっ! 良いねぇ。そう易々とは斬られてくれねぇか」 切彦が哄笑に口端を歪ませる。それを見て雪姫は苦い表情を浮かべる。 ――強い。 例え態度は巫山戯ていようと、その実力は本物。油断など微塵も出来ない。 それでも、雪姫は負ける事は考えていなかった。 734 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/29(月) 20 11 40 ID +32Vm2VX それは、自分の強さを信じてではない。詰まる所は“斬島”の血が成せる業。 一度刃を持てば、斬り刻む事しか考えない狂戦士となる。 狂気をもって凶器を振るう。唯それだけだ。 雪姫の切先が躍る。狙うは切彦の首。弧を描き刃が迫る。 それを、切彦は上体を反らすだけで躱した。体制を崩しながら、刀を振り抜き隙の出来た雪姫の胴に、鋸で斬りつける。 回避。しかし切彦の刃は恐るべき鋭さで、雪姫の服を掠めた。 それだけならまだしも、直接刃が触れていない肌を、剣風で薄く裂いていた。 「くっ……」 思わず雪姫は呻きを漏らした。 痛手ではない。しかし、不安定な体勢から繰り出された剣戟でこの威力。 直接身に受ければ容易く両断されるであろう。 冷汗が背を伝う。 「ははっ!」 切彦が跳躍する。背を反らし、力を溜める。 それを見上げ、雪姫は構える。 空中では、刃から逃れる術はない。身を塞ぐものも、躱す為の足場もない。 明らかな無謀。しかし、切彦は哄笑っていた。どうしようもない愉悦に、酔っていた。 戦う事の歓びに、口端を亀裂のように歪ませていた。 瞬間。切彦は反らした背を弾けさせる。バネの様に弾けた躯は、満身を持って刃を降らす。 直下。炸裂する刃はまさしく、断頭台の如く。 「う、うぁぁあああ!」 切彦は躱すつもりも、防ぐつもりもなかった。ただ、刃を振るう為だけに、その身を使った。 雪姫は倭刀を頭上に掲げ、振り降ろされた刃を受ける。 刃金が打ち合う音が鳴り渡る。 「くぁ……っ」 凄まじい衝撃が雪姫を襲う。受けた両腕が痺れていた。 そして、雪姫の命を守った刃。倭刀が、半ば近くから断たれていた。 刃を振るう限り、全てを切り裂く。例えそれが刃でも。 鈴のような音を立て、断たれた切っ先が地に落ちた。 「はんっ……ギリギリ生きてやがる」 必殺のつもりだったのであろう。切彦は忌々しげに吐き捨てた。 「まあ、その得物じゃあもうケリは着いたようなもんだな」 言って、鋸を雪姫に向ける。 半ばまでの倭刀では、それまで保たれた均衡は続かない。 リーチの差。それは、たった一寸でさえ絶望的な差であった。 そして、その差はそのまま勝敗の、或いは生死の差であった。 雪姫もそれは悟っていた。 「そんじゃま。――仕舞だ」 軽い足取りで切彦が駆ける。それは一瞬で神速に達し、ただ命を奪う軌道を辿る。 735 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/29(月) 20 12 54 ID +32Vm2VX 雪姫は、勝機はないと理解している。 しかし、敗北はないと信仰している。 斬島だからではない。 “雪姫”と言う少女として、自身を信じている。 「はぁあっ!」 水平に跳ぶように疾駆する。地を踏みしめ、欠けた刃を前に、暴風の如く、目掛けるは、切彦。 己が総身を一刃に変え、雪姫は極限の刺突を繰り出す。 刹那に被我の距離差は零に。 剣戟が激突する。 未だ腕は痺れている。それでも構わない。この一撃だけ、柄を握っていられればいい。 「やぁああああ!!」 ――切彦に失策があるとするならば、認識の欠如であろう。 切彦も、雪姫も、斬島の天才と言われる存在である。 殺人術に長け、刃を殺人の為に使う。 効率よく、失敗なく。 切彦も、雪姫も、それは同じであった。 しかし、それが全てではない。 切彦は、雪姫を斬島と見ていた。 故に、雪姫の最後の一撃の意図に気付けなかった。 鋸が、根元から折れた。切彦の目の前で。 「え?」 驚愕に、気の抜けた声を漏らす。 切彦の認識の欠如。 それは、雪姫が斬島の異端児であるという事実。 目の前の斬島は、唯の斬島では、無い。 「なん……で」 「なんで“あたしの命”を狙わなかった!」 「――刃を砕くため」 雪姫の一撃。それは、斬島ならしない、“命を狙わない”攻撃だった。 斬島は刃を振るい命を刈り取る。 ならば、刃がなければどうか。 論ずるまでもない。 そんなものは所詮、爪も牙も無い獣も同然だ。 雪姫の刺突は、切彦の鋸の根元を突いていた。 それにより、元来武器としての強度は無い鋸は折れる。 「――あ」 切彦の身から溢れんばかりの殺気が霧散する。 そこには、ただ呆然と一人の少女が佇むだけだった。 「……負けた」 「……引き分けだよ」 悔しげに言った雪姫の倭刀。それも、刃を失っていた。 切彦の一撃でダメージを受けた刀身は、先の一撃に耐えることしか出来なかった。 雪姫の身からも殺意は消えていた。 かくて、二人の斬島は同時に刃を失う。 ただ、二人の少女が立ち竦むだけだった。 「もう、私は戦えませんね……」 獰猛だった面影はなく、切彦が胡乱に呟く。 「……じゃあね」 雪姫は踵を返す。 向かうは主の元へ。 いつの間にか大分離れてしまっていた。 「……止め、刺さないんですか」 「刺せないからね」 736 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/29(月) 20 13 56 ID +32Vm2VX 刃もなく、戦えはしない。まして痺れた腕では殴る事すらままならない。 「そうですか。――ではいずれ生きている限り、また戦う事になるかも知れませんね」 「――その時は勝つよ。きっとね」 「楽しみにしてます」 最後に、あの獰猛な気配を垣間見せ、しかしそれは直ぐに幻の様に消え去り、切彦も踵を返した。 「……しーゆーあげいん」 「……さよなら」 まるで、何事も無かったかのように切彦は闇に溶け、何処へかと去っていく。 雪姫はそれを追わない。 ただ、脚を主の元へと歩ませる。 二人の斬島は背を向け合い離れていく。 「きっと勝つよ。――きっと」 もう一度強く呟き、雪姫は屋敷の中へと駆けていった。 再び、刃交える時を想いながら。少女は、ただ駆ける――。 続 754 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/02/05(月) 00 07 11 ID lE7sV37g 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 ⅩⅡ―“撃滅” 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。 ――坊ちゃんにも困ったもんだ。 自分に護衛を任せた癖に、いざその時になれば勝手に《ビッグフット》に付いて行く。 あの巨漢は繊細な行動は出来るが、繊細な思考は出来ない。 無論、護りながら戦う事など考えもしないし、当然の如く出来はしまい。 別に《鉄腕》は、九鳳院竜二に忠誠を誓っている訳ではない。 今こうして彼の身を案じているのも、単に依頼主に何かがあって報酬の支払いに問題が発生しては困るからだ。 ――全く、こっちの身にもなって欲しいもんだ。 内心で嘆息する。 とりあえず今は目の前の敵。障害を排除しなくては。それから竜二を追い掛ける。 ――しかし。 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは考える。 ――まさか獣王が出張っているとは。 今、最も勢いがあるであろう国の王。それがこうして、目の前に立ちはだかっている。 噂では自ら前線で剣を振るう王との事らしいが、成る程。その噂は真実と見える。 油断は、出来ない。 その気迫は本物だ。 《鉄腕》は、柔沢ジュウを戦士であると、己が敵足り得ると認識する。 プロとして驕らず、ただ眼前の敵を刈り取る。 なればこそ――。 《鉄腕》ダニエル=ブランチャードは、自らの二つ名を示す、その義腕を、全力で振るった。 *** 地が爆砕する。 まるで大金槌が穿ったような衝撃に土が捲れ、粉塵を撒き散らす。 局地的に地面が揺れるほどの拳撃。 それは、《鉄腕》の放った一撃であった。 《鉄腕》の手甲は尋常の物ではない。超重量を持ち、腕の骨格すら鋼に変えた義腕にして一つの武器である。 《鉄腕》の只ならぬ筋力により振るわれるそれは、常人が受ければ総身の骨を粉微塵に砕き、潰す程の威力がある。 その必殺の一撃を、ジュウは後方に飛び退り躱していた。 朦々と立ち込める土煙の中、そこに立つ《鉄腕》に、ジュウが反撃する。 地に着いた脚を踏ん張り、両手で握った大剣を、全身で使い、振るう。 風圧を纏った斬戟が、《鉄腕》に襲い掛かる。 「はああぁぁっ!」 裂帛の気合い。こちらもやはり常人ならば骨肉纏めて断ち斬る刃。 持てる最大の胆力でもって疾らせた大剣による一撃。 それを―― 「ふんっ!!」 ――《鉄腕》は両腕で受ける。 755 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/02/05(月) 00 08 39 ID KoEzCqF9 鋼同士が撃ち合う衝突音が響き渡る。 鮮やかな残響を残し、ジュウの渾身の一撃は《鉄腕》に止められた。 「なかなかの攻撃だ」 せりあう拳と剣。 それを視界に捉えながら《鉄腕》が口角を吊り上げ笑みを象る。 「むん!」 腕に力を込め、大剣を弾いた。 「こっちの番だ!」 刹那、《鉄腕》の右腕がジュウを襲う。ジュウは大剣の腹でそれを防御。 しかし《鉄腕》の剛力に、大剣毎吹き飛ばされる。 庭を囲う塀に叩きつけられ、背後に罅を造りながら、ジュウは壁に埋もれる様にして止まった。 「どすこい!」 《鉄腕》の追撃。身を低く、突進する。ジュウは立ち上がる事すら儘ならぬ内に《鉄腕》の巨体と塀に挟まれる。 巨大な鉄塊が、岩盤を打ち砕くのにも似た轟音が上がり、塀は蜘蛛の巣状の罅を更に広げる。 《鉄腕》の体当たりを受け、身が軋む激痛に声すら上げられず、ジュウは膝から崩折れた。 「まあ、こんなもんか」 常人ならば骨が砕け、肉が潰れているだろう。 まず死んでいるだろうし、よしんば生き残っていたとしても身体は機能せずいずれ死ぬ。 即死か、いずれ死ぬか。どちらにせよ命は無い。 《鉄腕》は自らを遮った障害の排除を確信すると、踵を返し、屋敷の中に居るであろう竜二を追おうとした。 追おうとして、立ち止まる。 「……っ痛ぇな、コンチクショウ」 カラカラと、乾いた音を立て塀が欠片を落とす。 「……なに?」 背後の呟きに、《鉄腕》は疑問を浮かべる。 確かに、全力で当たった。ミンチになってもおかしくない衝撃だったはずだ。 それなのに―― 「まあ、クソババアに殴られるよりはマシか」 ――何故、立ち上がる。 「何勝手に終わりにしてんだよ。それとも降参って事か?」 ――何故、笑っている。 「ほら、続きしようぜ? ニガー(黒人兵)」 ――何故、俺が恐れる。 「おぉぉっ!」 咆吼。《鉄腕》が、巨体を砲弾の如く炸裂させる。 ジュウは、大剣を大きく後ろに降りかぶる。 「っだらぁぁあああ!!」 豪快なスウィングで大剣が降り抜かれる。《鉄腕》は突進の勢いはそのまま、拳を大剣に叩きつける。 激突、紫電、軋み、歪み、鋼が裂ける。 それはジュウの大剣か、或いは《鉄腕》の義手か。 二人は同時に、反動に吹き飛ばされる。 しばしの静寂。立ち上がったのは、両者同時。 「ぐっ……う」 756 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/02/05(月) 00 10 27 ID KoEzCqF9 まさか、自分の突進すら利用されるとは。《鉄腕》は己の勢いも乗せられた一撃を受け、そのダメージによろめく。 ――しかし、それは相手も同じ。ただでは済んでいないはず。 ならば、今が好機。先に仕掛けた方が圧倒的有利だ。 《鉄腕》は腕を降りかぶり――それが出来なかった。 「なにぃ!?」 鋼の義手は、今や無様なブリキ細工の如くひしゃげていた。 先の一撃に耐えきれなかったらしく、関節部を中心に、大破している。 ――バカな。 《鉄腕》が、破られた。その事実に驚愕を抑え切れず呻く。 「なんなんだ、貴様ぁっ!」 有り得ない。 自分の攻撃に耐え、あまつさえ《鉄腕》を砕く。 戦闘屋でもなければ、生粋の戦士ですらない。 その気迫は本物なれど、詰まるところは一人の国主。戦いが本業ではない。 では何故、戦闘屋の自分が追い詰められるのか。 有り得ない。有り得ない。有り得ない。 ぐるぐると混乱する思考。恐怖に囚われたそれは冷静を欠く。 「お、うぉおっ!」 腕は動かない。《鉄腕》はショルダータックルをかます。 しかし―― 「ぅらあっ!」 ジュウは、それをタックルで迎え撃った。 投げ出された大剣は、先の激突の影響だろう。所々刃こぼれしていた。 肉体と肉体が激突する。 根本的な質量の違いに、ジュウは弾かれそうになるも、脚を踏ん張り耐える。 地を抉り、ジュウの足元が沈む。 ぎりぎりとせめぎ合う両者は互いに一歩も退かない。 「ふんっ!」 「おぉっ!」 力比べ。まるで極東の格闘技“相撲”の様に、二人は押し合う。 均衡は《鉄腕》から崩れた。 「はぁっ!」 四つに組んだ体を離し、脚を蹴り上げる。ジュウは側頭部を強打され、よろめく。 再びタックル。ジュウの体が、今度は弾き飛ばされる。 地を転がり、止まる。 ――今度はどうだ。 頭部への打撃。それは致命傷になりうる必殺の一撃だった。 そのはずなのに―― 「何故、立ち上がる……」 ――金髪の少年は不適な笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。 「何故、立ち上がる貴様ぁっ!」 「寝てる理由が無いからな」 血を流し、泥に塗れても。それでも少年は立ち上がる。 「……っ死ねぇ!」 絶叫。《鉄腕》が、再度ジュウに突撃する。 だが、それは届くことはなかった。 「がっ……!」 《鉄腕》がくぐもった悲鳴を上げる。その胸に咲くは、一輪の紅い花。 757 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/02/05(月) 00 11 33 ID KoEzCqF9 鮮血が、大輪を咲かせた。 《鉄腕》が、地に倒れ伏せる。 それの傍らには、いつからか小さな影。 小さな影は、怜悧な声音で言い放った。 「付け足すならば――」 その声は、少女。 「立ち続ける事は条件だからです。如何なる戦いにあっても勝利し続け、最後まで立ち続けた者を指して人はこう言うのですから――」 「――即ち、“王者”と」 血を払い、剣を鞘に収めるその姿は、獣王の、柔沢ジュウの従者。 百戦錬磨の大強者――堕花雨。 「お迎えに上がりました、ジュウ様」 「……結局、来るのかよ」 「主君をお迎えするのもまた、従者の仕事ですので」 「……まあ、礼は言おう」 「お気になさらず」 あくまでも普段通り。戦場であっても、それは変わらない。 「事態は粗方把握しています。どうやら屋敷内に侵入を許したようですね」 「何?」 「ジュウ様のせいではありません。あれの侵入を止められる者などそう居ませんから」 ――いずれにせよ危機である事に変わりはない。 「更に、屋敷内には敵の首領も居るようです。決着を付けるにはお誂え向きかと」 成る程。重要人物は揃っている。クライマックスには相応しいだろう。 ジュウは踵を返す。向かうは屋敷内。真九郎と紫の元だ。 「――終わらせるぞ。付いて来い」 「御心の儘に」 従者を得て、少年は王者となる。 今もまた。 獣王が、戦場を歩む。その傍らに騎士を従えて――。 続
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製作者 黒砂糖13 出場大会 第九回大会 経歴 設定 前回までのあらすじ! 憎き宿敵、ヴァーチャルマンによって俺様は第5094回目の死を迎えたのであったッ! 第3255話「インカーネイションvs.巨岩グレイブストーン!」 彼が目覚めるとそこはどこかの海岸沿いであった。 「これを読んでるやつはもう知ってるだろうが俺様は死なねぇ。俺様の肉体が死を迎えた時、俺の能力 Soul D Out(ソール・ド・アウト)により世界のどこかで俺と同時に死にやがった哀れな負け犬の肉体を 使い転生することができるのだ。もちろん傷は全回復!これにより俺の魂は永遠に不滅なのだ!」 一人語る彼の前に聳え立つ巨大な山…否、岩石の鎧に身を包んだ50mは優に超える”人”がいた…! その存在に気づいたインカーネイションはその巨岩から滲み出るオーラから悟った、 ―彼も自分と同じ 同業者”、ヴィランであるということに… そして彼は自分の姿を確認し満面の笑みで呟いた、 「…おもしれぇじゃねぇか」 ヴィランは”ヒーロー”に転生した。 「シブトイヤツダナ…イマ、ラクニシテヤロウ」 巨岩の腕が上がる、幾多ものヒーローたちを葬ってきた一撃が、インカーネイションに…振り落とされた! 「邪魔だな、テメェ」 ズンッッッ!!! 「!?」 が、その拳が彼に届くことは無かった 50mは超える巨体が、まるで隕石のように夜空に軌道を描き数十m先の深海に―沈んだ。 「…一生沈んでろ」 彼…いや彼女は振り向くことなく歩き出す 「さて、ヒーローになったってこたぁいろいろできるな・・・。そうだ、ヒーローしかでれねぇ大会があったなぁ…ッ! 乗り込んで派手に暴れて会場をのっとろうかと思ったが…予定変更だ。ヒーロー共を一人残らずぶちのめす いいチャンス到来だな…ッ!」 インカーネイション 総犯罪数:1,325,537 性格:生粋のヴィラン。犯罪の内容は軽い変わりに転生後一時間で再び銀行強盗などを行うため 総犯罪数が膨大。ただ観察能力は言動とは裏腹にかなり高い。 能力:Soul’D Out 死んだら自動で転生する能力。 技:REI☆GEKI 相手の魂を殴りつける。対象がどんな質量を持っていようとも数十mは吹き飛ばす。 アイアンメイデン インカーネイションの転生先 世界的にも有名なアイドル兼ヒーロー。 名前の由来は持ち合わせてる強靭な身体能力と鋼の意思。 補足
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デート・ア・ライブ Twin Edition 凜緒リンカーネイション 公式サイト http //www.compileheart.com/date/vita/ 機種 PS Vita 発売日 2015年7月30日(木) 定価 パッケージ版:7,344円(税込) / DL版:6,480円(税込) ジャンル 精霊攻略アドベンチャー 発売元 コンパイルハート 開発元 コンパイルハート、スティング オフラインプレイ人数 1人 多人数プレイ要素 年齢区分 CERO D(17歳以上対象) 初回特典 <メーカー特典>・ドラマCD『デート・ア・アイドル』<店舗特典>・Amazon『オリジナルPC Vita壁紙』・あみあみ『マウスパッド』・アニメイト録り下ろしドラマCD『十香ミステリアス』『B2タペストリー』・いまじん/いまじんWEBショップ『大型布ポスター』・エビテン『3Dクリスタル 夜刀神 十香』・entertking『QUOカード』・キャラアニ.com『QUOカード』・ゲーマーズ.com録り下ろしドラマCD『夕弦ワンダーランド』『A3タペストリー』・ゲームショップ宝島『ブロマイド』・COMG!『QUOカード』・シーガル『テレホンカード』・セブン&アイ・ネットメディア『デジタル壁紙』・ソフマップ録り下ろしドラマCD『耶倶矢グランファンタズマ』・トレーダー『タペストリー』・ネオ・ウィング『マスク』・ファミーズ・お宝創庫『テレホンカード』・フタバ図書 ゲーム取扱い全店『ブロマイド』・WonderGOO『特大タペストリー』 限定版 「初回限定版」定価:9,504円(税込)<同梱内容>・スペシャルブック・ドラマCD『或守バスタイム』・ドラマCD『ちょいデレシチュエーション 凜緒編』 備考 ・2013年6月27日発売のPS3版「デート・ア・ライブ 凛祢ユートピア」と2014年6月26日発売のPS3版「デート・ア・ライブ 或守インストール」を収録・新キャラクター、新規シナリオを追加・「或守インストール」に一部ボイス追加 プレイ画像 PV ※動画はPC版
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『『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 作者 伊南屋 投下スレ 2スレ レス番 106-110 186-190 備考 雨が語った前世の話という設定 106 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01 32 04 ID 4a+fCcFv 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 真九郎の体を、熱が駆けていた。 右腕を中心に、血が沸騰しているかの様な錯覚に見舞われる。 熱は高揚を呼び、高揚は破壊衝動を齎す。 近く、耳元か。否、そうではない。脳内、思考の中で自分自身の声が響く。 壊せ、壊せ、壊せ。 荒れ狂う躯は暴力を求め、破壊を欲する。 その声を振り払い、猛る体をなんとか制する。 そうして意識を集中する。体内で渦巻く衝動を、一つのベクトルに収束する。 ――眼前の敵を討つ。その一つに。 「おぉぉっ!」 気迫。同時、真九郎の右肘、そこの皮膚を突き破り現れる物があった。 鮮血を滴らせ、水晶の如き輝きを放つそれは―― 崩月の、異能の印。 異形の、戦鬼の証。 真九郎に力を与える“角”だ。 角から流れ込む活力を確かめ、真九郎は視線を上げる。強い瞳で目の前の敵を――《ビッグフット》と、その背後。九鳳院竜士を睨み付ける。 そして、背に庇う紫の存在を想う。 終わらせよう。紫を呪縛から解き放つのだ。 ――敵は二匹、守るは一人。果たす力は我にあり。 真九郎は、一歩を踏み出す。 最早、真九郎は自らが負ける理由など、皆目見当も付かなかった。 * * * 《ビッグフット》の咆吼が、屋敷全体を震わせる。獣の雄叫びが、巨漢の腹底から響く。 「ゴ、ゴロズ! オマエ、ゴロス!」 不愉快に濁った《ビッグフット》の声を聞きながら、真九郎はただ醒めた瞳で敵を見据えていた。 本当は《ビッグフット》だって分かっているのだろう。 今眼前に対峙する者が、自分とは異質な者だと。 崩月の戦鬼と言う異端を、獣の本能で捉えているはずだ。 それでも退かないのは《ビッグフット》が結局は人間だから。 ――意志というものを持っているからだろう。 獣ならば、本能に従い一も二もなく逃げ出す“個体としてのスペックの差”を、意志一つで埋めようとする。 意志。或いは――意地。 それは人間が持つ、仕様もない欠点であり、しかし何より恐ろしい特性だった。 モチベーション一つで、事態はどうとでも転がる。 普段の、あらゆるものを恐れ、脚を竦ませる自分が分かり易い例ではないか。 だから真九郎は、意志一つで此処に立つ《ビッグフット》を、決して侮りはしない。 全力で倒すべき好敵手と、真っ向から相対する。 107 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01 33 55 ID 4a+fCcFv 勝利とは、常にそれを望んだ者に与えられる。故に、自ら勝利を貪欲に求める。 襲い来るは意志の力。迎え討つも意志の力。 意志と意志は視線を伝い、絡まり、ぶつかり、火花散らす。 周囲を、闘争の雰囲気が包み、高まる。 それが臨界に達した時。 動いたのは《ビッグフット》だった。 「ゴアアァァァアアア!!」 丸太のような腕を振りかぶり、突進する。 大気を乱す程の勢いで頭上から振り降ろされる拳槌を、真九郎はバックステップで躱す。 真九郎が立っていた床が、小爆発でも起こしたのかの様に床板を捲り上がらせた。 戦鬼の力を解放した今でも、直撃を貰えばただでは済まないだろう一撃。 人間離れ――否、生物離れした破壊力 。 それが、《ビッグフット》の鈍重そうな外見とは裏腹に、高速で飛んできた事に真九郎は戦慄を覚える。 刹那にぶり返しそうな脚の震えを、体内から溢れる熱で塗り潰し、真九郎は《ビッグフット》を見る。 ――確かに速い。しかし、躱せないわけではない。 現に、先の一撃は見切る事が出来た。 それもひとえに、《ビッグフット》の動きが直線だったからだ。 どれだけ速くとも、直線の動きは見切りやすい。 直線ならば、究極的には弾丸だって見切る事は可能だ。 ――もっとも、この場合は弾丸と言うよりは砲弾だが。 粉塵を巻き上げ、“爆心地”に立つ《ビッグフット》は、鋭い眼光を真九郎に向け輝かせる。 噴煙の向こうに、闇夜に浮かぶ獣の瞳のように、《ビッグフット》の眼があった。 再び視線が絡む事数瞬。再び《ビッグフット》が仕掛ける。 「ゴァァアア!!」 咆吼。跳躍。振り上げるは、組んだ双掌。 放物線を描き、それはやって来る。 弧の頂点を超え、重力に引かれ堕ちる《ビッグフット》の巨体。 その落下エネルギーも威力に変換し、破砕ハンマーの如き一撃が、再び屋敷の床を抉る。 これを、横っ飛びに躱した真九郎は反撃に移る。 着地から刹那も置かず、真九郎は再度身を弾ませた。 運ぶ脚は《ビッグフット》へ。繰り出す一撃は拳。 《ビッグフット》のそれがハンマーや砲弾であるなら、真九郎のそれは紛うかたなき弾丸。 撃ち、貫く。《ビッグフット》の大手から比べれば赤子のような拳は、それだけに威力が集極化する。 さしずめライフル弾のような拳撃を、《ビッグフット》の腹に打ち込む。 「ガッグォォウ!!」 108 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01 38 51 ID 4a+fCcFv 苦悶の叫び。しかし、致命打ではない。 常人なら臓腑をぶちまけたくなるような衝撃を、しかし《ビッグフット》の筋肉の装甲は耐えて見せた。 打ち込んだ真九郎を、巨漢はまるで纏わりつく付く羽虫のように腕で打ち払う。 真九郎がとっさに身を庇い、盾にした腕が痺れる。身体自体は横殴りの衝突に、宙を舞った。 「っくぅ……」 こちらも致命傷とはならずとも、躯を走り抜けた衝撃は確かにダメージとなり真九郎に呻きを漏らさせた。 接地と同時に身を回し、真九郎は受け身を取る。 直ぐに身を起こした真九郎は、追撃に迫っていた《ビッグフット》の拳をいなした。 拳をいなしたまま、流れる動きで懐に潜る。 開いた胴目掛け、再度固めた拳を叩き込む。真九郎が放った全力の一撃。 《ビッグフット》の巨体が、衝撃に浮き上がる。 「ゴガッ……!」 搾り出すような呻きが、《ビッグフット》の口腔から漏れる。 ――まだだ。 真九郎は、これで倒れる相手ではないと考える。 刹那。浮いた《ビッグフット》に追撃する。 鞭のようにしならせた脚による回し蹴り。 ただし、鞭は鞭でもこの蹴りは鉄鞭の威力だ。 宙にあった《ビッグフット》の巨体を、水平近い放物線を描く程の勢いで蹴り飛ばす。 鞠のように跳ねながら、《ビッグフット》の巨体が床を転がる。 「グッ……オァァア」 ようやく止まった《ビッグフット》が、苦悶の呻き声を漏らす。 流石に、受けたダメージは先の比ではない。倒しきれるとは言えないものの、それでも動きに支障が出る程度には痛めつけたつもりだ。 今のたった二発には、それに足るだけの威力を込めた。 ――なのに。 「なんでお前は、立ち上がる……」 ゆらりと、大男の巨体が、再び聳える。 口の端からは血を垂らし、口から漏れる息は苦しそうに荒くしながらも。 ――その目は未だ獰猛な輝きを持って、真九郎を睨み付けていた。 「あ……」 不味い。そう思った時には、既に遅かった。 角から流れ込む熱に塗り潰されていた恐怖が、真九郎を再び包んだ。 体が、にわかに震え出す。 負けるはずは無いのに。勝つはずなのに。 しかし、それでも真九郎は《ビッグフット》の気迫に呑まれてしまった。 「くっ……ぅ」 ――止まれ、止まれ、止まれ、止まれ。 体の芯がぐらつくような震えを抑えようと、全身に力を込める。 だが、意識すればする程に恐れは膨らんでいく。 109 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01 44 02 ID 4a+fCcFv なんて弱い心だ。勝つんじゃ、なかったのか。 今や、角から流れ込む暴力的な衝動ですらも恐怖に潰されている。 なんて――情けない。 「ゴォォオオオ!」 《ビッグフット》が、その巨体を跳躍させる。砲弾のような拳が真九郎に迫る。 それを見ていながら、見切っていながら。真九郎は動けなかった。恐れに竦んだ体はろくな反応も出来ずに衝撃を叩き付けられる。 「ぐあっ!」 辺りの物を巻き込みながら、真九郎の体躯が宙を舞う。 それは、先の《ビッグフット》のリピートだった。 「ガァッ!」 追撃。圧倒的な質量を持つ拳が、真九郎に振り落とされる。その一撃は床板を真九郎の体諸とも破壊した。 ――くそっ……。 心中で真九郎は悪態を吐く。 頑丈な体が恨めしい。神経は尋常でない苦痛を脳に伝える。普通ならば肉塊となってしまう程の攻撃を受けた体はそれでも壊れはせず、麻痺すらもしていない。 ただ、はっきりと激痛だけを律儀に伝えてくる。 いっそ壊れてしまえば安らかになる。 いっそ壊れてしまえば恐怖も消える。 だったら――抵抗なんか無意味じゃないか。 解放されよう。 真九郎は、瞼を閉じる。 ――もう、いいや。 頭上では、《ビッグフット》の巨体が、月灯りを遮っていた。 全てを諦めた真九郎に、ゆっくりと“決着”が訪れる。 ――終わりだ。 否、それは一つの声に妨げられる。 幼い少女の声が真九郎の鼓膜を叩く。在らん限りの叫び声は、一つの名前を呼んだ。 「――真九郎!!」 * * * 少女は信頼している。 自らを浚ってくれた少年を。未だ知らぬ景色を教えてくれた少年を。 少女は信奉している。 自らを守ってくれた少年を。身に代えて守る約束を交わした少年を。 だから――。 少女は疑わない。 少年が負ける姿など想像しない。 少年の勝利の姿しか幻視しない。 そうして叫ぶ。 少年の、名前を。 この世界で、一番大切な響きを持つそれを。 信じる侭に、想うが故に。 ――ほら、大丈夫。負けはしない。 だって少年/英雄は立ち上がったから。 ――少女の信じる姿、そのままに。 * * * ――ああ、俺は馬鹿だ。 何を諦めてるんだ。苦しみから解放される? そんな事、出来るはず無いのに。死は解放ではなく逃避だ。 110 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01 48 50 ID 4a+fCcFv 本当にどうしようもないな、俺って奴は。だからいつまで経っても弱いままなんだ。 負けないんだろう? ――そうだ。負ける理由がない。 負けてやる理由もないのに諦めるなんて、とんだ怠慢だ。 そんな事、あの紫が許すはず無い。 いつだって精一杯で、なのにそれを顔に出さずにいつも頑張っている紫が許すわけなんか無い。 ――じゃあ、俺も頑張らなきゃな。 サボってると怒られるし、最悪紫を泣かせかねない。 それだけは駄目だ。譲れない。 体は――動く。 力も十分行き渡る。 立ち上がる――簡単だ。構えを取り迫る拳に備える。 咆吼。耳障りだ。鬱陶しい。 拳撃。遅すぎる。鬱陶しい。 躱す。舞う粉塵。鬱陶しい。 驚愕。睨む巨漢。鬱陶しい。 「――本当、鬱陶しいな……」 打撃は効き辛い。ならば、打撃は止めよう。 爆ぜるように身を跳ばす。拳を引き防御の構えを取ろうとする《ビッグフット》へと駆ける。 遅い。防御は間に合わない。土台無理だ。 真九郎は、《ビッグフット》の懐へ潜り込む。右腕に意識を集中する。 胴はがら空きだ。しかし、筋肉の鎧は変わらずにある。 ――関係ない。 刹那。真九郎は渾身の一撃を、《ビッグフット》に突き刺した。 ――突き刺す。そう、文字通り突き刺した。 「グゴッ!」 《ビッグフット》が悲鳴を上げる。それまでとは違う、切迫した苦鳴。 《ビッグフット》の体が崩折れる。それに合わせ、“ずるり”と、真九郎の肘。そこから伸びた“角”が抜ける。 真九郎が撃ち込んだのは肘。そして、崩月の角。 十分な強度を持った角は、《ビッグフット》の防壁を穿っていた。 皮を、肉を、筋を。全てを貫き《ビッグフット》の体内まで刺し貫く。 蹲る《ビッグフット》の腹からは血液が流れ、血溜まりを作る。 「グォオオ……ッ」 致命傷。最早どうしようもない。意志だって挫けているだろう。 その証に、《ビッグフット》の瞳から輝きは消え、苦痛に頼りなく揺らいでいる。 それすらも僅かの間。やがて《ビッグフット》は意識を途絶させたのか、その巨体を横たえた。 真九郎は確信する。自らの勝利を。 《ビッグフット》はもう動かない。それを確認して、振り返る。 安心だと、もう大丈夫だと言ってやるために。出来る限りの笑顔を浮かべ。 なのに――。 「紫……?」 そこに、少年の名を呼んでくれた少女の姿は、なかった。 続 186 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14 44 25 ID 5hRdrVG0 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 響く。高笑い。嘲笑。少年の声で。 九鳳院竜士。 少年の、名前。 「ははっ! はははっ、はははは!」 ――手に入れた。 遂に、手に入れた。願って、願って。それでも手に入らなかったモノを。 九鳳院紫。 自らの、妹を。 腕に力を込める。抗う感触。確かに、紫が腕の中に居る。 腕の中で、泣いている。 それを確かめ、走る。 ――まったく、馬鹿な奴だ。 竜士は思い出す。紫を守ろうとする少年を。 真逆、《ビッグフット》を倒すとは。 ――途中、一度は倒れそうになってたのにね。 一度は倒れて、竜士が勝利を確信して、込み上げる歓喜に笑い出しそうになったのに。 紫が、全てを覆した。 たった一度。紫が少年の名を呼んだだけで、少年は立ち上がった。 ――まあ、理由はどうあれ、腐っても崩月の小鬼か。 直ぐに動いたのは我ながら正しい選択だったと思う。 あいつは、勝利条件を履き違えていた。目的はあくまで紫。 目の前の敵を打ちのめす事ではない。こちらとしては紫さえ手に入れば後はどうなろうと構いはしない。 だから竜士は、《ビッグフット》を――《ビッグフット》という駒を棄てた。 合理主義。棄てる事で勝てるなら、全てを棄てる。勝利に貪欲な、勝利を求め続けた一族で叩き込まれた、戦術と呼ぶにはシンプル過ぎる思考。或いは、思想。 騎士(ナイト)を殺されようが、城(ルーク)を崩されようが、女王(クイーン)を身代わりにしようが、王(キング)が残り、相手の王(キング)を詰みさえすれば良い。 チェスのような、ゲームのような論理(ロジック)。 そういった冷静さが、あの少年には欠けていた。 ――なりふり構わないのは良いけど。全体を見渡せないようじゃね。 目の前の障害に気を取られ過ぎた時点で、ある意味勝敗は決していたと言える。 そう考えて、竜士は微笑を浮かべる。 とびっきりの玩具を手に入れた子供の様に。ただ笑う。 後少し。屋敷から離れてしまえば良い。 たったそれだけ。 「止まりなさい」 たったそれだけを、遮る声。 夜に凛と響く少女の声で。 事務的な、要件を告げるだけの声。 その言葉に、竜士は立ち止まり視線を巡らす。 そうして、見つけた。夜に浮かぶ、大小二つの影を。 王者と従者の、二人の姿を――。 * * * 「その娘を返して頂けますか?」 187 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14 46 21 ID 5hRdrVG0 雨は抑揚なく告げる。その様をジュウはただ傍らに立ち傍観するだけだ。 「ふざけるな。紫は僕の妹だ。“返せ”だと? 紫は元から僕のモノなんだよ!」 雨の言葉に激昂する竜士を眺めて、そしてその腕の中で涙する紫を見て、ジュウは自らの内に負の感情が高まるのを感じた。 怒り、侮蔑、憎悪。 恐らく自分はこいつを赦せない。 ぎりぎりと音がする程、拳を握り締める。 「さぁ、どけよ。あの馬鹿な崩月の小鬼みたく、誰に喧嘩売ってるのか分からない訳じゃないだろう――“獣王”」 口角を吊り上げて、竜士はジュウの二つ名を呼ぶ。――王の二つ名を。 つまり、竜士はこう言いたいのだ。 “ここから先は国同士の問題になるぞ”と――。 ――関係あるか。 そう考えて、しかしそれを口には出来ない。 今、激情のままに竜士を殴り飛ばし、紫を竜士から奪うのは容易い。 しかし、それでは国民を危険に曝してしまう。一国の王として、それは出来ない事だった。 自分一人が危険に曝されるならそれも出来ただろう。事実、真九郎はそう思って九鳳院から紫を連れ出したのだと思う。 しかし、自分はそれが出来ない。 幼子一人救えないで何が王だ――。 無力感。 黙り込むジュウを見て、竜士は立ち去ろうとする。そこに浮かぶ表情は勝者の愉悦。 だが――。 「止まりなさいと、言ったはずですが」 再び雨の声。 冷静で、冷徹で、どこまでも温度の無い声。 それを、抜き放った剣と共に竜士に向ける。 「――貴様っ!」 「あなたは――」 あくまでも淡々と雨は言葉を紡ぐ。 「あなたは“誰に喧嘩を売っているのか分かっているか?”と問いましたね。それに対する返答はこうです――」 はっきりと、雨は答える。 「知ったことではありません」 場が凍る。 それは、余りにも単純で、しかしまるで状況を踏まえていない発言に聞こえた。 「おい、雨――」 「あなたが誰か――そんなことは知ったことではないのです。あなたはこの場に置いてはただの誘拐犯。それ以上でも以下でもありません」 制するジュウの声すら意に介さず、雨は続ける。 「あなたは紫と言う一人の少女を手に入れようとしている。私達はそれを止めようとしている。この場で意味があるのはその事実だけです」 語る雨に、竜士は反駁する。 188 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14 48 04 ID 5hRdrVG0 「そんな事は詭弁だ! 僕は九鳳院の人間で、この紫の兄だ。どう考えたって僕に分がある。誘拐犯は貴様等の方だろう」 その言葉に、雨は意外な程あっさりと答える。 「成る程、確かにそれはそうですね」 首肯。認める発言。 「だったら――」 「もっとも――それが全て事実ならですが」 提示。疑惑の問掛。 「あなたが九鳳院である証は? 腕に抱える幼子と兄妹関係にあるという根拠は? 謳うだけなら誰にでも出来る事です。 言葉自体に力はありません。それを事実であると証明して初めて、名乗りには意味があるのです」 ――例えば、この場で竜士以外が“九鳳院竜士”だと名乗る事は可能だ。 名乗るだけならば――。 しかし、その証明は出来ない。疑い、否定される。 ではもしも――その証明が出来るとしたら。 本人しか知り得ない事、持ち得ない事。本人でしか有り得ない事を、有していたら。 それを証として周りが認めたならば、この場ではその者が“九鳳院竜士”となる。 ――事実とは関係なしに。 逆もまた然り。 証明し得ないからには、この場に置いて竜士は“賊”でしかない。 ――これもまた、事実とは関係なしに。 つまり雨は、眼前の少年を“九鳳院竜二”とは認めず、始末すると言っているのだ。 そこに国家が入り込む余地はない。 だが、実際にそんな無理が通るかと言えば、それは――否だ。 「……どけよ。こんな議論に意味なんか無い。お前は馬鹿じゃない。それを僕は知っている。だからこそ分かるはずだ、ここは退くべきだと。それがお前の国――いや、主のためになると」 雨は――答えない。 「僕はお前らがここで退いてくれれば特別事を荒立てる事なんかしない。紫が手に入れば十分なんだ」 やはり沈黙。 その沈黙を、竜二は苛立ちと共に過ごす。 「ジュウ様」 不意に雨が主を呼ぶ。 「私はジュウ様に従い、そしてジュウ様が望む結果を約束します。ジュウ様はこの者を如何なさいますか?」 問われ、ジュウは言う。 「……構わない。この外道をぶちのめせ」 「貴様っ!」 「かしこまりました。――さて、“九鳳院”竜二」 雨は竜二を呼ぶ。その字名と共に。 「あなたはこの議論に意味はないと言いました。――ええ、そうです。議論自体に意味はまったくありません」 激憤する竜二を見据え、雨は滔々と語る。 「ですが、議論という行為を行った事実には意味があります。……聴こえませんか?」 189 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14 49 31 ID 5hRdrVG0 言われ、竜二は耳をこらす。 その耳朶を叩く音は――足音。数人がこの場所に近付いている。 「会話というものは手っ取り早い時間稼ぎになりますからね。その点、貴方はよく会話に食いついてくれました」 そう雨が語る間にも、足音は近付いている。 「紫!」 夜の闇、駆け抜ける少年の声。その声に竜二に抱えられた紫が、表情を取り戻す。 「――真九郎ーっ!」 少女の声は悲痛に、彼女を探し求める少年の元へ響く。少年だけではない。少女を救うために戦い、走る者達をも導く。 「あ、あ……」 竜二の顔が絶望に染まる。 「どうやら役者は揃ったようですね」 その言葉の通り、見覚えのある姿が集まってくる。 夕乃が、円が、雪姫が、そして――真九郎が。 その姿は皆、一様にボロボロだが、通ずるものが一つ。 未だ折れぬ真っ直ぐな視線。視線が語る紫への想い。 雨は皆を代表して言う。 チェック メイト 「 詰みの一手 です」 勝利の宣言を。 「あ……、しん……くろぉ」 微かな呟きは紫。嬉しさに感極まったように、それまでとは違う涙を流す。 「もう大丈夫だ、紫。――ごめんな、怖い想いさせて」 真九郎の謝罪を紫は首を振り否定する。否定する言葉は、喉が震えて出せないけれど。 「竜二」 強い、強い声。 真九郎は竜二を見据え、はっきりと告げる。 「紫を、放せ」 「く……っ」 忌々しいものを見るように竜二は真九郎を睨み付ける。 しかし、揺るがない視線に睨み返され、竜二は殊更ゆっくりと紫を解放した。 「真九郎っ!」 掴まれた腕が解放された瞬間、紫は真九郎の元へと走り出した。 夜で視界が利かないからか、危なかっしく駆ける。それでも必死に走る紫はしかし、何かに躓きバランスを崩す。 「紫っ!」 それを、真九郎が駆けつけ抱き止める。 「しんくろぉ……しんくろぉ……」 ぎゅっと、その小さな腕で真九郎を紫が抱き締める。真九郎は答えるように抱き返す。 それを見つめていた雨が、竜二に向き直る。 「さて、退いてくれればこちらとしては特別事を荒立てるつもりはありませんが?」 先の竜二を真似た言葉に竜二が悔しげに呻く。 「貴様ら、こんな事して九鳳院が黙ってると――」 「黙りなさい」 雨が遮る。 「言ったはずです。貴方が誰かなど知ったことではないと。それは九鳳院であれ、変わることは在りません」 「つまり――」 雨の言葉をジュウが引き継ぐ。 190 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14 51 37 ID 5hRdrVG0 「売られたケンカなら買ってやる。今なら高価買い取り中だ」 高らかに、王は宣ずる。 「来いよ、九鳳院。潰してやる」 * * * 朝が来る――。 「良かったか?」 そう問い掛けたのは真九郎だ。 「何がだ?」 「九鳳院に喧嘩売っただろ」 「違う、あくまで買い取るだけだ」 冗談めかすジュウに真九郎は更に問う。 「お前の国が危険に曝されるんだぞ? なのに――」 「雨がな、言ったんだよ。俺が望む結果を約束するって。俺はそれを信じてる。だから決意できる」 「――そうか」 しばしの沈黙。 「……なあ」 破ったのは真九郎。 「何か、俺に出来ることはないか? 一応、俺も国民になったんだ。お国のためなんて柄じゃないけど、ジュウのためにって事なら、悪くない」 「なら、紫のそばに居てやれよ。そのために俺は力を貸したんだ。なら、紫を守って、そばに居てやれ」 「――ああ」 「ジュウ様、そろそろお時間です」 割って入るように雨の声。 「もうそんな時間か」 「……戻るのか」 「ああ、仕事もあるしな。雨がこっちに来ちまったから尚更増えてるはずだし。一応戦争の準備もしなきゃならない」 ――しばらくは休みなしだ。そう呟いてジュウは立ち上がった。 「崩月のじいさんに挨拶してから行くか。――雪姫と円を呼べ」 「既に」 「よし、行くぞ」 そこでジュウは一度振り向き、真九郎を見た。 「またな。縁があればまた」 「――ああ」 こうして、二人の少年の邂逅は幕を閉じた。 だが、それも一時の事。少年はやがて再び合間見える。 その時は未だ遠くとも、いずれ必ず――。 ――これは、一人の王が世を統べる少し前の話。 二人の少年が出会う。 そんな昔話。 fin.
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『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 作者 伊南屋 投下スレ 1スレ レス番 559-562 594-597 640-645 659-661 備考 雨が語った前世の話という設定 559 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 13 38 53 ID p5PvNOIM 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅵ. 人の何かが切り替わる瞬間というものがある。 真九郎はかつて、それを見た事があった。一人の少女が刃を持った瞬間、それは起こった。 人という存在の特異点。あれは世の中にある“そういったもの”の一つだった。 なればこそ、二度と見る事は無いだろうと、そう思っていた。 「雪姫、抜いて良いぞ」 金髪の少年の一声。それを聞き、雪姫は腰に差した倭刀を引き抜いた。 刹那、まるで氷水に叩き込まれたかのように全身が粟立った。襲撃者すらその足を止めてしまっている。 雪姫から噴き出す、圧倒的に濃密な空気。真九郎はそれを知っていた。 それはかつて、“あの少女”が放っていたものと全く同質のものだった。 人の持つ負の感情の中でも、最も昏く忌避される感情。 それを、殺意と言う。 他者の命を蔑ろにし、奪い、棄てる。その明確な意志。 「斬島雪姫、参る」 初めて聞く雪姫の氏。それは“あの少女”と同じ氏だった。 刃を扱う為に存在する、斬島切彦という、あの少女と同じだった。 全てが、同一。酷似した存在。 雪姫は悪辣な笑みを浮かべた。 人の全てを否定する笑み。 そこに来て、襲撃者達は再び動き出した。雪姫に呑まれた空気が、再動する。 次の一瞬、光刃が交差する。 血が、糸を引いて散った。 「疾っ!」 裂帛の声に合わせ、ジュウに刃が振るわれる。煌めく銀閃。それが弧を描く。 ジュウはそれを、腕に填めた鋼鉄の小手で拳を放ち、受け止める。 火花を散らせ、甲高い鋼同士の激突音が響いた。鐘を打つかのように鐘音が鳴り渡る。 「うおぉっ!」 弾かれた刃が再び振るわれる。だが遅い、遅すぎる。刃より速く、逆の腕で拳を握り渾身の一撃を襲撃者の顔面に叩き込む。顔の中心、鼻が砕かれ血糊を盛大に撒き散らしながら襲撃者の一人が無様な悲鳴を上げ倒れた。 それを見届けたジュウが息吐く間もなく背後、更に一人がジュウに斬り掛かる。高速の大上段からの振り下ろし。刃が肩を深く抉る軌道で迫る。ちりちりと首筋を灼く緊迫感をジュウは感じた。 反応したジュウが身を避わし、振り向こうとするも間に合わない。完璧な死角からの攻撃に身体が付いていかなかった。 迎撃は土台無理と見たジュウは更に体を傾げる事で刃の軌道から外れる。 軸のずれた体は辛うじて刃を掠めつつも逃れた。 560 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 13 40 10 ID p5PvNOIM 掠めた刃はジュウの肩を薄く斬り裂いていた。血が俄かに噴き出し、ジュウの肩口を赤く染める。しかし、それをものともせずにジュウは体を建て直す。 脚は地を強く踏み締め、崩れた体に力を漲らせ、直立させる。 「くっ!」 力んだ事でジュウの肩口から更に血が溢れた。 襲撃者の振り下ろした刃が、返す軌道で斬り上げに変わる。その刹那。 「これ以上、手前に斬らせる肉はねえ。だがな――」 ジュウの口角が吊り上がり獰猛な笑みを象る。 「骨は二、三本貰っとくぞ」 胴への拳。突き上げる角度で打ち込まれたそれは、肋骨を数本へし折り内臓に突き刺さる。肉の潰れる音が体内から漏れ聴こえる。 内臓の潰された襲撃者の口からは鮮血が吐き出させれた。 「がはっ……」 自らの吐いた血溜まりに襲撃者が沈む。 それを見下ろし、ジュウは呟いた。 「まったく、肉を斬らせて骨を断つなんて、割に合わねえんだよ」 円堂円は丸腰だった。騎士ならば持っているだろう剣も、今は馬車の中。 しかし円は恐れていなかった。 例え眼前に三人の襲撃者が居ても、それは変わらず、揺るがない。 自らに対する確固たる自信と、襲撃者に対する如実な蔑み。 前者は兎も角、後者は円の男嫌いから来る感情だ。 それを感じ取ったのか否か、襲撃者に剣呑な気配が漂う。 「まったく……丸腰の女相手に大の男が寄ってたかって。刃物振り回さなきゃ戦えないの? これだから男なんて嫌いなのよ」 それを挑発と受け取ったか、襲撃者達は色めき立ち、包囲の輪を縮める。 じりじりと迫る襲撃者達に、円は横柄に言った。 「めんどくさいから早くしましょう。まとめて掛かって来なさい」 その一言は致命的だった。 弾かれた様に襲撃者達が円へ肉迫する。応じ、円も動いた。 三人の内一人、その懐に潜り込む。 その男には世界が回った様に見えた筈だ。 「あが……?」 背に衝撃。見えた夜空に仰向けに倒れた事を知る。 立ち上がろうとするも、出来ない。身体に力が入らない。視界が揺れ、酷い吐き気が込み上げた。 「脳を揺らしたわ。しばらくは立てないでしょう」 そう言って円は冷めた瞳を男に向けた。 円がしたのは単純な事。懐に潜り込み、掌で男の顎を撃ち上げた。それだけ。 それだけの単純な事だが、簡単な事ではない。 561 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 13 41 23 ID p5PvNOIM 目にも留まらぬ速さと寸分違わぬ正確さ、それがあって初めて、一撃で脳震盪による戦闘不能に陥れる事が出来る。 まさに、達人の動きであった。 「――次」 呟き。同時、円は再び動き出す。 襲撃者は身構え、迎え撃つ一撃を見舞う。 横薙の一振りを身を低くする事で避わす。大きく開いた胴へ、拳。 鳩尾へ振るわれたそれは、柔らかい腹に抉り込まれる。 ジュウの肉体破壊の一撃とは違い、この攻撃は内臓破壊の一撃。臓腑への衝撃に襲撃者は吐寫物を吐き散らし倒れる。 身を痙攣させ蹲るこの男もやはり、一撃で戦闘不能。 圧倒的だった。 恐怖に身を竦ませる最後の一人に、円が一歩踏み出す。 「ひっ!」 恐慌に陥った男は後じさる。 「……ここで捨て鉢になって掛かって来るならまだ救いもあったのに。――情けない」 一瞬で男の顔面に円が現れる。少なくとも男にはそう見えた。 身に戦慄が走る。 「だから男って嫌いよ」 衝撃。それは恐ろしい苦痛を伴って、下半身から全身に伝わった。 「あ……っが!」 円の膝が、容赦なく男の股間に突き刺さっていた。それだけならまだしも、ぐりぐりと穿っていた。 男が泡を吹き、白目を向き倒れる。 場合によっては金的はショック死すら引き起こす。 こと男に対しては、最も残虐な攻撃であった。 それでも円は終始変わることのない冷淡な表情で佇んでいた。 「……情けない」 ――いや、こればっかりは無理です、流石に。 その場にいた男が全員そう思ったのは言うまでもない。 562 伊南屋 sage 2006/12/09(土) 14 00 34 ID p5PvNOIM レディオ・ヘッド補足授業二時間目 「と言うわけで二時間目です」 「随分いきなりだな……」 「お気になさらず。では今回も一問一答で行きましょう」 Q.雨が電波一巻で前世は魔法や魔物のある世界と言っていましたが? 「そういやそうだったな」 「はい。これについては作者の責任です。しっかりと読み返していなかった為、忘れ去られていました。恐らくその内何事も無かったかのように世界がファンタジー化して行くと思われますね」 「良いのか、それ?」 「まあ未熟者だと思い流してあげてください」 「……そうか」 Q.ジュウと真九郎が同年代のようですが? 「作者は現世においてはジュウ、紫同年代説を推していますが作中においてはジュウ、真九朗同年代でやっていますね」 「なんでズレるんだ?」 「一応解説としては“決して転生のサイクルは一定ではない”と言うことらしいですね。つまり現世への転生はジュウ様の方が遅かったためズレが生じた。と言うことらしいです」 「なる程」 「それに作中より年を重ねた紅キャラだとクロス感が出ない。と言うのもありますね」 「演出上の理由か」 「はい」 「少ないですが今日はこの辺にしておきましょう」 「そうか」 「ちなみ補足授業は作品が進むにつれ何度か行われると思います」 「未熟者故……か」 「はい。なお本コーナーでは皆さんからの質問を募集します。質問には次回の補足授業で、答えられる範囲で答えますので遠慮なくして下さい」 「……なんの番組だよ」 「作者がバカですから、仕方ありません」 続く 594 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18 21 11 ID jr5NPNkQ 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅵ・2. 「うわぁ……」 思わず呟いた真九郎が見る先。そこには体を痙攣させ地をのた打つ男。 円に股間を潰される一部始終を見ていた身としては、男ならではの同情を禁じ得なかった。 それは自らが対峙する男も同じ様で、顔を蒼白にしながら視線を無様に転がる仲間に向けていた。 しかし、それも短時間の事。互いにすぐに気を取り直し、仕切り直しとなった。 こうして改めて向かい合うと、やはりただ者ではない。 浅く身構える姿は一分の隙もなく、その実力を窺わせる。 滲み出る闘気に、体の芯が震え出す。それは真九郎の悪い癖だった。 どれだけ肉体を鍛えようとも、精神は薄弱なまま。容易く怯え、身を竦ませる。 真九郎は舌打ちして、自分の不甲斐なさを嘆く。いくら崩月の技を磨こうと、遂に崩月の戦いに置ける心構えは身に付かなかった。 躊躇ってしまう。傷付ける事に、傷付けられる事に。 だが、退く事は出来なかった。 角を――肘に埋め込まれた崩月の力を解放すれば、対等以上に戦えるだろう。だが、それで自らが崩月の関係者であると知られてはならない。 紫が九鳳院であると知られてはならないのと同様。それはマズい。 それでも決めたのだ、守ると。あの、幼い少女を、濃紫の闇に沈められていた少女を。 他の誰でもなく、この自分、紅真九郎が。 少女――紫の事を想う。誓いを思い出す。 それで、震えは止んだ。 がくがくと揺れていた脚は、確かに地を踏み締めていた。 一つ、深呼吸。大きく息を吸い、呼気を腹に溜める。丹田、臍のすぐ下にエネルギーがあるイメージ。 脚を浅く曲げる。溜め込んだ力を、全て下半身に伝える。 爆発するように、力を解放。水平に近い角度で身を跳躍させる。 一瞬、距離は零に。しかし敵も超反応を見せ、身構える。 身体を狙った真九郎の拳は、辛うじて掌に受け止められる。 男はそのまま肩を引き、真九郎を引き寄せるように腕を取る。 体勢を崩し、よろめいた真九郎の背中に肘が撃ち込まれる。衝撃に肺が潰れるような感覚に襲われ、息が詰まる。 「かはっ……!」 微かに洩れたのは喉に引っ掛かったような呻き声だった。痛みにそのまま倒れ込みそうになる。 それでも、倒れるわけにはいかない。 595 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18 22 55 ID jr5NPNkQ 片膝を付き、両手で体を支える。不格好に跪くが、倒れだけはしない。自分が倒れたら紫を守れないと、己に言い聞かせ踏ん張る。 「おぉっ!」 立ち上がらない。跪いたまま、腕を相手の腰へ。低くから突き上げるタックル。 均衡を失い、襲撃者もろとも倒れる。もつれるように転がり、真九郎と襲撃者は共に土を纏った。 そこからは美しさも何も無い、まるで子供の喧嘩だった。 上に乗った方が殴り、時に上下を逆転させ、互いに拳を振るい合う。 それは、戦闘技能など無視した、ただの殴り合いだった。或いは我慢比べ。殴り勝つまで殴る。それだけの戦い。 真九郎は怯えていた。相手の力量に。 ならば、その力量の関係のない戦いにすれば良い。最初はタックルし、そのまま地に転がすつもりだった。 それを、手痛い反撃を受けたが、結果的には目標は達成した。 後はスタミナ勝負だった。 複数人相手では通用しない、稚拙な策を真九郎は成し遂げた。或いはそれは、真九郎に運があっただけなのだろう。 しかし、要は勝てば良いのだ。そこに至る経緯など気にしない。気にする余裕など無い。 ただ殴る。殴り、殴られ。それでも殴る。 勝つために。 勝って、紫を守るために。それだけのシンプルなロジック。 殴って、殴って、殴って、殴って。 やがて、襲撃者は動かなくなった。どうやら真九郎は勝った、らしい。 自らも鼻血を垂らし、顔を腫らし、内出血で肌を紫色に変色させながら、それでも真九郎は勝ったのだ。 自らの誓いを、今は守ることが出来た。不思議と力が溢れてくるようだった。 そうだ、自分でも戦い、勝つことが出来る。不細工で格好悪くとも。それでも勝てる。 真九郎には未だ、美学と呼べるものがない。戦いに置けるそれならば尚更だ。 だからこそ、ただ勝利だけに拘って戦える。諦めず、泥に汚れながら、血を流しながら。 ただ、勝てば良い。 ――なんだ、簡単じゃないか。 恐れはいつの間にか無くなっていた。 それは単に高揚がもたらした、感覚の麻痺なのかも知れない。だが、真九郎は構わなかった。 気が付けば、周りを数人の男が囲っていた。一人が倒され、警戒を強めているようだった。 怖くない。それだけで良い。今の自分に必要なのは恐れない事なのだから。 真九郎は、自分でも気づかぬまま唇で弧を描いていた。 そうして、名乗りを上げる。 596 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18 24 10 ID jr5NPNkQ 「崩月流甲一種第二級戦鬼、紅真九郎」 他の誰にも聞こえぬよう小さな声。だが、そこに込められる意味は変わらない。その代わり、次の言葉は強く、力を込めて言う。 「さあ、次はどいつだ」 肘の角は未だ腕の中。それでも真九郎は、死んでも引かない覚悟を決めていた。 圧倒的だった。銀閃が煌めく度に血煙が飛沫く。痛みなど感じる間もなく、男達は己が身を、命を欠落させていく。 そこは戦場ですらない。ただの処刑場だ。それも私刑による殺戮でしかない。何の正義もなく、ただ屍が積み重ねられる。 薄い笑みを張り付けたまま、雪姫は刃を振るっていた。 刀を突き刺し、そこを狙われれば襲撃者から刃を奪い、それで返り討ちにする。 全て急所。必殺の一撃だった。雪姫に向かった襲撃者はことごとく斬り捨てられている。 最初から異様な雰囲気を放っていた雪姫に、最も多くの人手が割かれたがそれも無意味であった。 むしろ、悪戯に死者を増やすだけだ。 雪姫の周りに転がる死体。ジュウ達には無い、絶対的な差だった。 実力では、そこまで差が開く訳ではない。体術で言えば円とはほぼ同等。 なのに、この差はなんなのか。 簡単だ。意識の差。殺すか殺さないかの選択の差だ。 ジュウも、真九郎も、円でさえも。誰一人殺していないのは殺す意志がないからだ。 しかし、雪姫にはそれがある。 たったそれだけの差が、屍を生み出していた。 刃がある限り、雪姫は止まらない。殺す事を止めない。 ただ、返り血の雨の中を往く。 それだけの事だった。 ジュウ達はひたすら、襲い来る襲撃者達を倒し続けた。しかし事態は好転しない。 それは、物量の差。人数の差故だった。倒しても倒しても、襲撃者は更に仲間を増やす。 一体、これだけの人数を動かすどんな理由があるのか。 馬車の中の少女が関係するのか。事態を把握しきれないジュウには判断出来ない事だった。 しかし、解ることもある。このままでは不味い。 戦い続けるにも限度がある。そして、それは近い。 止む無し、ジュウは声を張り上げた。 「このままでは無理だ! 正面突破する! 円は馬車を走らせろ。雪姫は進路の確保、活路を斬り拓け! 真九郎と行ったな。お前は馬車に乗り込め!」 言葉に、全員が動き出す。 馬車に向け全員が駆ける。 雪姫は前に立ち、立ち塞がる者を斬る。円の捌きに応え馬が嘶き、馬車が走り出した。 597 伊南屋 sage 2006/12/16(土) 18 26 13 ID jr5NPNkQ ジュウと真九郎は幌に駆け込む。 「行くぞ! 進路は領主城! 雪姫は道が開いたらすぐに乗り込め!」 怒号の中、ジュウの声が凛と響き渡る。 進路が開く。雪姫は指示通り、馬車へと乗り込む。それを円は確かめると、手綱を引き馬を全力で走らせる。 加速する馬車に、襲撃者達が追いつこうとするが、間に合わない。 徐々に離れていくその姿に、全員が安堵する。 「逃げ切れた……のか」 呟いたのは真九郎だった。へたり込み、肩で呼吸をしている。 「まだだ、まだ安心は出来ない」 否定するジュウの声に、真九郎がジュウを見る。 「少なくとも領主城に辿り着くまではな」 「そう……だな」 確かに、いつ再襲撃があるか知れない。ならば、一刻も早く安全な所まで行かなくてはならない。 「円。馬は走れそうか?」 「疲れているとは思うけど大丈夫。朝まで止まらずに走れば領主城に着くでしょう」 「そうか……さて、と言うわけで俺達はこのまま領主城に向かう。お前達にはそれまでに降りて貰うわけだが……」 「大丈夫。こっちも領主城に用があるんだ」 真九郎の応えにジュウは眉をひそめる。 「領主城に用?」 「悪いが言えない。こちらからも何も聞かないから、それであいこにしてくれないか?」 「……まあ、良いだろう」 聞かれて不味いのはジュウも同じ。まさか、王であると名乗るわけにも行くまい。今回はあくまで忍びの旅なのだ。 「すまない」 「気にするな」 二人の少年は互いに口を噤む。 ただ、馬車が領主城へと走る中。沈黙が場を支配していた。 虚偽と隠蔽。それらを抱えながら、二人は肩を並べる。 それは、後の世から見れば運命的な、二人の英雄の出会った夜であった。 続 640 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12 07 31 ID 4l9gF13N 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅶ. 空がうっすらと白み始め、朝の訪れを告げる。 夜通し馬車を走らせた一行は、疲労の色も露わにしながらも、目的地への到着を知った。 ギミアの東部に位置する都市、クスル。商工業が発達する一方、武芸の盛んな都市であり、名だたる武人を輩出している事で知られている。 この周辺の都市、集落と合わせ、クスルを治めているクスル領主との会談がジュウ達の目的であった。 「なんか、久しぶりだな」 呟いたのは真九郎だ。その表情は懐かしい景色に、微笑んでいるようだった。 「お前、ここの出身だったのか」 問うジュウに、真九郎は肯いて応える。 「ああ、生まれは違うけどな。ここで戦い方も学んだ」 「なる程な」 相槌を返しながらジュウは辺りを見渡す。まだ早朝だと言うのに街は既に活気に溢れ、ざわめきを生んでいる。 時折遠くに聞こえるのは道場の修練の掛け声だろうか。 「良い街なんだな」 呟くジュウに、真九郎は微笑みを浮かべる。 「良い街だよ。良い人ばかりで平和だ。豊かではないけど貧しいって訳じゃないしな」 領主が善政を行っているのだろう。やはり、周囲の領主を纏めるだけはある。一角の人物であるらしい。 ならばこそ。ジュウとしては領主と話し合い、友好的な関係を築きたい。 それが国の為になる。 内部に亀裂を入れたままではやはり、これからの国政に不安が残る。 「円、後どれくらいで着く?」 「街に入ったし、もうすぐね」 昨夜から馬を捌き続けた円は、それでも一行の中、ただ一人疲れを感じさせない様子で答えた。 答えを聞き、ジュウはさっさと眠ってしまった雪姫に声を掛ける。 「起きろ、雪姫」 声に、雪姫は小さな呻きを上げ、目覚める。 しかし、まだ幼い紫が眠っているのは仕方ないとして。また何時襲撃されないとも知れない状況で、さっさと眠ってしまうのはどうなのか。 ジュウは自分の護衛の信頼性を、改めて疑わざるを得なかった。 「そういえば真九郎も領主に用があるんだったな」 何気ない問いに、真九郎は苦い表情を浮かべる。 「ああ、だけどその用については――」 「分かってるさ」 ジュウは苦笑して答える。一度言われたのだ、それについては理解している。 正直な話、大して興味があるわけでもない。説明されたとしても「そうなのか」と思う程度だろう。 「……何か聞きたい事があるんじゃないのか?」 641 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12 08 44 ID 4l9gF13N 苦笑いを浮かべるジュウに真九郎が尋ねる。 「いや、単に確認したかっただけだ。他意はない」 答えるジュウに「そうか」とだけ真九郎は返す。 そんな時だ。不意に円が口を開いた。 「さあ、着いたわよ。領主邸に」 言われ、外に視線を向ける。 「ここか……」 領主の屋敷が、ジュウの視界の中、迫って来ていた。 クスル領主、その氏を崩月と言う。 古くから伝わる武術の名門。しかし、その技は門外不出。崩月の家系にのみ伝わる技は、その家系の者にしか使えないという。 ただ、武芸の名門であったのは過去の話。今は領主として施政を行い、武家の側面はなりを潜めている。 ジュウが予め与えられていた情報はその程度だった。 こうして屋敷の前に立って、自ら情報を書き加えていく。 屋敷は極東建築。木を基調とした造りだ。 これはギミアの東に隣接する国、ヤマトの建築様式である。 クスルは国内でも東、つまり隣接するヤマトに近い位置にある為、珍しい事ではない。 屋敷はまるでそこだけ空間を切り取った様な雰囲気を醸し出している。 ただそれは違和感ではない。どこか郷愁を誘うような佇まいだった。 馬車に残ると言う円を残し、ジュウ達は門の前に降り立つ。 真九郎が一歩踏み出した。門を潜り、玄関へと歩いていく。迷いなく歩くその姿は自分達が感じる郷愁とは別の、より親しい懐かしさを感じているようだった。 黙して真九郎は歩みを進める。 そう言えば、とジュウは考える。 最初、領主城へ向かう筈だったジュウ達へ、邸宅に向かうように進言したのは真九郎だった。 領主である崩月法泉は城にいることは稀で、常は邸宅にいるらしい。 領主に用があり、かつその領主との関係を仄めかす真九郎。何か複雑な事情があるのだろうが、それを語ってくれるとは考え難い。 ならば、今は何も言わず付き従うしかないだろう。 玄関へ向かい、幾ばくかの庭を歩む一行に掛けられる声があった。 凛としていて、かつ穏やかな響きを持つ声で、 「真九郎さん?」 と言った。 視線を声の方に向ける。 そこに少女が居た。 年は真九郎同様に同年代。その落ち着いた雰囲気から真九郎よりは年上を思わせる。 見目は美しい。すらりと伸びた肢体は豊満な曲線を描いている。黒々と輝く髪を垂らすその姿は、さぞかし異性を引き付けるだろう。 「夕乃さん」 642 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12 10 14 ID 4l9gF13N 真九郎が少女に返す。少女の名は夕乃と言うらしい。名を呼ばれた夕乃は、柔らかな笑みをその美貌に浮かべた。 そこにある暖かい空気に、ジュウは憧憬を抱く。分かり合っている関係。家族のような、そんな暖かさ。 「……こちらは?」 夕乃が真九郎の背後に視線を寄越す。つまりジュウ、雪姫、紫の三人だ。 「こいつは紫。今日はこの娘の事で話があってきたんだ。それでこちらは――」 振り向く真九郎。その表情は互いに詮索しあわない事にした故にジュウ達の説明に困っているようだった。 仕方なく、代わりにジュウが自ら名乗る。 「柔沢ジュウだ。こちらの当主に用があって出向いて来た」 「柔沢……ジュウさん。ですか」 呟く。夕乃は柔沢の氏が示す意味を捉えたらしい。柔らかな表情を、凛としたものに変えた。 「そうですか、貴方が……。分かりました。では中でお待ち下さい」 言って、夕乃は玄関を開け一同を誘う。 躊躇うべくもない。 ジュウは、崩月の屋敷へと入っていった。 客間に通されたジュウは待たされていた。理由は簡単。真九郎の要件が先になった為だ。 当主の間では現在、真九郎が紫と共に事情を話しているらしい。しばらく経ってはいるが一体どんな話なのか。 興味が無いと言えば嘘になろう。だからと言って無神経に根掘り葉掘り聞くほど不粋ではない。 突き放した言い方をすれば、これから関わる事もないと思う。所詮は行きずり、その程度の関係性だ。 ならば、深く関わらないべきか。 そこまで考えて、ジュウは思考を放棄した。今は関係の無いことだ。 ふと天井を見上げる。極東建築の常として、それは低い。恐らく、ジュウが立って手を伸ばせば触れてしまうのではないか。 それでも、そこに圧迫感はない。素朴な造りで、むしろ落ち着く。 住む者の暖かさを連想させるに充分だった。 「失礼します」 声と共に夕乃が襖を開け、入ってくる。手には盆を抱え、その上には湯呑み茶碗が乗っている。 「どうぞ」 差し出された茶碗を受け取る。緑色の液体はヤマトの茶、緑茶であった。 「柔沢ジュウ様……でしたよね?」 傍らに盆を置きながら夕乃が尋ねてきた。 「ああ、そうだが」 「やはり……。真九郎さんったら気付かなかったのかしら」 「分かって……るんだな」 「それはもう。むしろ気付かない真九郎さんがおかしいんです」 溜め息混じりに話す夕乃はまるで、不出来な弟を嘆く姉のようだった。 643 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12 12 05 ID 4l9gF13N 苦笑しながら夕乃が続ける。 「真九郎さんは、なんというか世間知らずと言うか、世間擦れしてない所があって……。疎いんですよ全体的に」 真九郎を憂う夕乃の様子に微笑みながらジュウは答えた。 「でも、良い奴ではある。ほんの少しの付き合いだが、それが分かるくらいには真っ直ぐな奴だと思う」 「そう思いますか」 夕乃も苦笑を単なる微笑みに変えてみせる。 「ところで」 不意に表情に硬さを持たせ、夕乃が問いを口にした。 「一国の王が、どういった御用向きでしょうか」 何気なく踏み込む。問いにジュウは、一呼吸置いて答える。 「それは当主殿に直接」 「あら、大丈夫ですよ。私、次期当主夫人の予定ですから」 「なにを勝手なこと言ってんだよ夕乃さん!」 「あら、真九郎さん」 唐突に真九郎が乱入同然で客間に入ってくる。その後ろには老人。 恐らくは当主、崩月法泉。 「話は済んだのか」 ジュウの質問に、今にも夕乃に掴み掛かりそうになっていた真九郎は若干冷静さを取り戻す。 「ああ、一応はな」 一応、と言う真九郎の顔色がやや不満気だったが、それについては触れずに置く。 「済まないな、待たしちまって」 老人が会話に割って入る。改めて見て、正直大層な人物には見えない。 「当主の間は散らかっちまってるから話はここでって事で一つ頼む」 本当にこの人が崩月法仙なのかと、ジュウは自分の認識を疑いたくなった。 「先生、俺は……」 「残れ」 「……はい」 老人の言葉に真九郎は肯いて応える。 今、真九郎は先生と言った。 確か崩月では外部から弟子は取らないのではなかったか。それとも武道に置ける師弟関係ではないのだろうか。 もっとも、詮索しても詮無いこと。これもジュウは思考の停止をする。 考える事は得意ではない。答えが見つからないなら投げるのも手段の一つと思うことで自分を納得させる。 「さて、前置きはなしにしようや。ズバリ、何の用だ?」 腰を下ろしながら法泉が言う。 「……貴方に、力を貸してもらいたい。国を纏めるための力を」 力強く答える。真摯な想いを口にしたつもりだ。 「ふむ……随分評価されてるみたいだな。そりゃあれか、俺がこの辺の元締めみたいな事してるからって事か」 「まあ、そうなる」 法泉はふん、と鼻を鳴らした。 644 伊南屋 sage 2006/12/31(日) 12 13 20 ID 4l9gF13N 「まあ、俺としては反抗するとかそんなつもりじゃなくてな。ちぃっと見極めようと思ってたわけだ。そうしたらどうだ。お誂え向きな厄介事抱えた真九郎と一緒に来やがる」 全くおもしれえ。最後に法泉はそう呟いた。 「少し話が見えないんだが」 「つまりはこういうこった。俺はお前さんに従うに吝かじゃねえ。面白そうだしな。ただしそれには条件がある」 そこで人差し指を立て、それを真九郎に向ける。 「こいつが抱え込んできた厄介事を片付けてくれねえか。こいつには話は通してあるからもう受けるんなら話してくれるだろうよ。 嫌だっつんなら仕方ねえ。俺はお前さんには従わねえ。そん代わり反発もしねえがな。国相手に戦争するほど暇じゃねえからな」 ジュウはやや迷ったが、すぐに回答を提示してみせた。 「良いだろう。その話、受ける」 「いいねえ、決断が早いのは良いことだ」 法泉が満足気に笑う。 「じゃあ聞いてやんな。真九郎の話を」 言葉に真九郎が動く。 「覚悟してほしい。今から話す内容を聞いたらもう引けないし、内容事態が胸糞悪い話だ」 真剣な面差しで語る真九郎に、ジュウは確かな意志を持って答える。 「話してくれ」 その言葉に真九郎は、その重い口を開いた。 続 645 伊南屋 2006/12/31(日) 12 40 36 ID 4l9gF13N 『レディオ・ヘッド補足授業』 「またやって来ました本コーナー。早速ですが質問に入りましょう」 「おう」 Q.ジュウ様は剣を執らないんですか? 「答えは“執る”だ。本来戦争なんて素手でやるもんじゃないしな。円にしたって馬車の中に剣を忘れただけだ。 なので勿論、俺も剣を振るう」 「因みにジュウ様は大剣使いです」 Q.雨が出ませんね? 「只今私は国政に追われている……はずです」 「はずってなんだ」 「それはお答え出来ません」 「……そうか」 「今回はこの程度ですね」 「だな」 「本コーナーでは引き続き質問をお待ちしています」 「なんなら展開に関する要望でも可だ」 「それではまた来年」 「良いお年を……ってか」 「ジュウくん、私も私も!」 「お姉ちゃん! またこいつと2人っきり!?」 「私はお呼びじゃないかしら?」 「とりあえず引っ張られてきたんだけど……なんなんですかこれ?」 「あら、真九郎さん。折角の年の瀬ですから。みんなで祝いましょうよ」 「そうだぞ! そして年が明けたら“ひめはじめ”だと環が言っていた!」 「……やらしい」 「ジュウくん私達も姫始めならぬ雪姫はじ――っ痛!」 「あなたアホでしょ? 雪姫」 「なんつうか、色々お疲れ様です……」 「お互いにな……」 「はーいそこ、BL禁止!」 「黙れ雪姫!」 「なあ夕乃、BLってなんだ?」 「紫ちゃん、世の中には知らなくていいことがあるのよ」 「……なんでこんな事に?」 「楽しければ良いのよ光ちゃん」 「楽しいの、お姉ちゃん?」 「ええ」 「で、男二人が女六人も侍らしてなんだこの騒ぎは」 「てめえ……」 「紅香さん!」 「騒がしいですね」 「……誰?」 「弥生さんまで……」 「さぁ皆さん、収拾がつかなくなる前に挨拶だけはしておきましょう」 「雨、お前が仕切るのか」 「まあ良いじゃないですか、あの人しか纏められませんよ実際」 「……だな」 「それでは皆さんまた来年も宜しくお願い致します。最後に今年一年の感謝の気持ちを挨拶に代えまして――」 『一同 良いお年を!!』 659 伊南屋 sage 2007/01/05(金) 21 08 44 ID j1ILVdq9 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅷ. 九鳳院と言う一族がいる。大陸の中でも特に強い、通称「三國」と呼ばれる中の一つ、アルハザト聖国を治める王族である。 古くから続く血脈に、彼らは誇りを持ち、自らが選ばれた一族であり、世を統べるのは我々だと、強く主張している。 その九鳳院。その闇の産物が紫である。 九鳳院に代々続く風習。近親相姦。 言ってしまえば古い王族にはそう珍しい話ではない。優れた血をより濃くするために近しい者同士で交わる。 そんな話は枚挙に暇がない。 しかし、それもかつてはの話である。 かつては許された事も、今の倫理に重ね合わせれば到底許されない。 だが、その時点で九鳳院は致命的な問題に直面した。 近親でしか子を作れなかったのだ。いくら外の血筋を取り入れようと子が産まれない。だから近親相姦を続けるしかなかった。 それを通すために、九鳳院は一つのシステムを作り上げた。 奥の院と呼ばれる施設がそれである。 そこに、近親で作った女子を入れ、世間から隔離するのである。 表向きには外から妃を取り、結婚する。だがそれでは子は産まれない。 そこで奥の院にいる女子と交わり、産まれた子が男子であれば、表向きの妃との子として表の世界で育て、女子ならば奥の院に入れ、次代の子を産む為に育てる。 紫はそこで産まれ、育てられた。 それも、現国王・九鳳院蓮丈の実子であるという。 真九郎は、九鳳院蓮丈が国外遠征していた隙を見て、とある筋からの手助けを得て脱出した紫を保護した。 真九郎はその身の上を知った上で紫を助けたいと思った。 紫に、奥の院なんて狂ったシステムに組み込まれて良いはずがないと思ったのだ。 無論、そんな思いだけで彼女を救えるなら苦労はない。 仕方無く真九郎は、崩月に頼ることにした。 しかし、それはなかなかに叶わなかった。九鳳院――否、それは九鳳院全体の総意ではない。 アルハザト聖国第二王子、即ち紫から見て次兄にあたる九鳳院竜士が傭兵を雇い、個人的な追跡を始めたのである。 何故、九鳳院の力ではなく外部から傭兵を雇い入れて追うのか。 紫本人の口から聞かされた。 曰わく、紫を自分の物にするため。紫に自分の子を産ませるため。そして、次期国王になるため。 660 伊南屋 sage 2007/01/05(金) 21 10 01 ID j1ILVdq9 今まで奥の院のルール――初潮前の女児に手を出してはいけないと言う規則が邪魔したが、この混乱した事態に乗じて、紫を犯す。 そう、考えているらしい。 だから、逃げるのだ。九鳳院から、それ以上に竜士から。 その話を、紫は泣きながら語ったという。 「成る程ね……」 重い沈黙を、ジュウが破った。 「確かに胸糞悪くなる話だ。近親相姦に幼女趣味ね……。まったくヘドの出る話だ」 忌々しげなジュウの言葉は、重みを持って響く。 子供に甘い――無論やましい意味でなく、純粋な意味で――ジュウとしては、相当に頭に来る話だった。 子供は汚れていない。何の罪もない。だから、何も悪くない子供が不当に辛い目に会うのは許せなかった。 「そう思うんなら、手を貸して貰いたい。どうか頼む」 頭を下げる真九郎に、ジュウは応える。 「最初っからそういう話だろ? っていうか、今更聞かなかった事にしてくれって言われたって勝手に手を出してやる」 その言葉に、真九郎は頭を上げ、ただ感謝の気持ちを込めて、しっかりと言った。 「……ありがとう」 クスルの街外れの森。 とある一団があった。 一人の少年を中心に集まる集団だ。 少年は森の中の切り株に腰を降ろしている。その切り株は今し方出来たものだ。証に切り口は真新しく、傍らには切り倒された木が転がっている。 そこに、何の予兆もなく一つ、低い声が響いた。 「あいづらみんな、やしき、はいっだ」 酷く濁ったその声を受け、少年が「そうか」と呟いた。 いつからか少年の傍には巨人が立っていた。ついさっきまで存在していなかった筈なのに。 少年はそんな事は気にせず、軽く溜め息を吐いた。 「あーあ、面倒くさいよねえ。よりによって崩月だもんなあ」 そう言いながら顔は笑っている。 「ま、いいよね。所詮は子鬼だし」 少年は立ち上がる。 「うん、決定。善は急げって言うし。今夜、今夜だ。紫を奪還する」 周囲に言い聞かせるように。自分が、命令を出すことが当然だと、人の上に立つのが当然だという表情で少年は語る。 「屋敷を襲撃する。全部ぶち壊して構わない。刃向かう奴は殺せ。ただし紫には絶対傷つけるな。髪の毛一筋でも怪我させた奴は殺す」 味方すら殺すと言ってみせる少年だが、不満の声は上がらない。 「特に斬島のお前。お前が一番危なそうだ。気を付けろよ」 661 伊南屋 sage 2007/01/05(金) 21 10 53 ID j1ILVdq9 声を掛けられたのは少女だ、小柄な少女。無気力な瞳で少年を見つめ小さく頷く。 その足元には、鋸。 「鉄腕は僕の護衛。ビッグフットは襲撃中に紫を回収して来い」 言われた各々が頷いて応える。 「さあ、思い知らせてやる。“刃向かう者は潰せ”って言う、九鳳院の掟をさ!」 そう言って少年は――九鳳院竜士は笑い出す。 「ははっ! 紫。お前は僕の物だ。それを分からせてやる。はははっ! あはははははは!」 まだ日の高い昼。それでも暗い森の中。九鳳院竜士の高笑いが木霊した。
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リーンカーネイション 光文明 6マナ 呪文 自分か相手いずれかの墓地を選ぶ。選んだ墓地のカードを全て裏向きにし シャッフルして持ち主の山札の一番下に置く。
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『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 作者 伊南屋 投下スレ 1スレ レス番 665-669 697-699 701-702 708-714 備考 雨が語った前世の話という設定 665 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20 12 42 ID xjybrmRf 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅸ. 「そう言えば紫は?」 話が一段落した所で、ジュウは姿の見えない紫の事を尋ねた。 「今は風呂に入れてる。ここの所走り通しだったから、大分汚れてたし」 「そうか」 成る程、言われてみれば紫と行動を共にしていた真九郎もそれは同じらしく、服の至る所が破れ、泥に汚れている。 「紫ちゃんが上がったら、次は真九郎さんですからね」 微笑みながら夕乃が声を掛ける。それに真九郎は、 「はい、ありがとうございます」 と応えて見せた。 「宜しかったら後で柔沢さまもどうぞ」 「すまない。それと、俺はジュウで良い」 応えるジュウに、夕乃は驚いた表情を向ける。 「……不思議な王様ですね。普通はそんな事言いませんのに」 「いや、畏まられるのは苦手でな」 言って、自分の従者を思い出す。 あいつの態度は長い時間で慣れてしまった。これに関してだけは、いきなり態度を改められたりすれば自分は面食らうだろう。 下らない想像に微笑を零す。 「ん? 真九郎っ!」 廊下の向こうから元気な声がした。木の床を駆け紫がこちらに向かってきている。 辿り着くと、紫は相好を崩した。 こうして改めて見れば、実に美しい少女である。濡れた黒髪など幼いながらに色香のようなものを漂わせている。 確かにこの美貌は幼女趣味には堪らないものがあるのかも知れない。 「体は綺麗にしたか?」 嬉しそうにじゃれつく紫に、真九郎は尋ねる。 「ああ、真九郎に裸を見られたって今は平気だぞ!」 刹那、空気が凍る。 「……真九郎さん?」 「真九郎、お前……」 ジュウと夕乃。訝しげな視線を二人が送る。 「え? いや、誤解だって! 俺は紫の裸に興味は――」 「真九郎は私の裸を見たくないのか? 私の裸が汚いからか?」 「ああ、いやそうじゃないよ。紫の裸は綺麗だって……って夕乃さん!? 痛い痛い耳は痛い! お願い引っ張らないで!」 「不潔です不健全です不健康です。その真九郎さんの性根、私が叩き直して差し上げます」 「いやだから聞いて。これには不幸な誤解と誤謬があああぁぁ!」 屋敷の奥へ消えていく夕乃と真九郎を見つめるジュウ。 苦笑まじりに嘆息する。 勿論、真九郎が幼女趣味だと信じたわけではない。正直、際どいとは思うが。 夕乃が信じているかは――まあ、微妙だが、それはそれだ。 遠く廊下の向こうから、 「お風呂はお先にどうぞ~」 666 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20 14 31 ID xjybrmRf と夕乃の声が聞こえてきた。 それと共に真九郎の悲鳴も。 「なあ、真九郎は一体どうしたんだ?」 足元の紫が心配そうな声を掛けてくる。ジュウはしゃがんで紫に視線を合わせる。 「なんでもないさ。お前が心配する事はない」 紫の頭を武骨な掌で、優しく撫でながら言う。それに安心したのか紫は「そうか」とだけ呟いた。 「さてと」 口に出し、ジュウは立ち上がる。 「お言葉に甘えて風呂に入るかな」 ジュウも昨日は野宿なので風呂に入っていない。不快な汗を流したいと思っていた所だ。 しかし、よく考えれば風呂場がどこなのか分からない。 ふと、足元を見る。 そう言えば紫はさっきまで風呂に入っていたんだったか。ならば風呂の場所も分かるだろう。 「紫、風呂場がどこにあるか、分かるよな?」 「ああ、分かるぞ」 「じゃあ、案内してくれないか?」 優しく聞くジュウに、紫は笑いながら頷く。 「こっちだ! 付いて来い!」 誘われるがまま。ジュウは紫の後を付いて。屋敷の廊下を歩き出した。 *** 話も落ち着き、各々が席を立った客間。 真九郎の悲鳴を聞きながら、未だに席に着いているのは当主・崩月法泉と、珍しく黙り込んだ斬島雪姫だけであった。 「なあ嬢ちゃん」 法泉が口を開いた。 「真九郎から聞いたが。お前さん、斬島なんだって?」 「そうだよ。斬島雪姫。それが私の名前」 軽い口調の法泉に、雪姫はやはり軽い口調で答える。 法泉は「そうか」と呟やく。その表情から内心を慮る事は難しい。 こめかみ辺りを掻き、次の言葉を探す。 「まあ、落ちこぼれだけどね」 「うん?」 法泉が何か言うより早く、雪姫が漏らす。その言葉の意を、法泉は計りかねた。 「私の家は、斬島からはぐれたんだよね。お父さんが才能なくて。半ば勘当みたいに本家から放り出された」 そこまで言って溜め息を吐く。 「まあ、その娘の私が斬島の血を強く受け継いでるんだから皮肉だよね」 その言葉通り、雪姫の“斬島”としての才能は、殺しを生業とする直系。天才『切彦』に及ばずとも、劣らない。 「先祖返り……ってやつか」 法泉は深く唸りながら呟いた。 先祖返り。或いは隔世遺伝。 代を重ねた血筋が、幾代かをおいて、かつての血筋を強く受け継ぐ事を言う。 才能の無さ故に斬島を追われた者の子が天才。 蛙の子は蛙に成らずとも、その子は蛙と成る。 正に、皮肉な話であった。 667 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20 17 07 ID xjybrmRf しかし、それだけで話は終わらない。 「ある日ね、私の事を知った本家が、私を消す為にやって来たの」 自分達が追いやった血族。落ちこぼれの家系に生まれた天才の存在を察知した本家は、雪姫がいずれ本家に楯突くと判断したらしい。 「そんな事、する訳無いのにね。私は勿論、お父さんだって本家を怨んだりはしなかった」 それでも、本家は雪姫を消そうとした。それも直系、切彦を使ってまで。 「逃げたよ。沢山逃げた。足が痛くなるまで、ううん足が痛いのか分からなくなるまで、それでもずっと」 それを拾ったのが、ジュウだった。 「私達家族を拾って、私に自分の国の軍人っていう仕事もくれて」 たがら今笑ってられるのはジュウ様のおかげ。雪姫は最後にそう締めた。 「成る程ねえ」 法泉が漏らす。 「裏十三家が廃れ始めてから互いの家の事は分からなくなってたが、そんな事になってたか……」 思いを巡らす法泉。そこにあるのはかつての記憶。 崩月も、似たような家系だ。他人事ではない感慨もある。 だからこそ感じる思いを、法泉は笑い、口にする。。 「良い男を、主に持ったなお前さん」 「うんっ!」 雪姫は満面の笑みでそれに応えた。 *** 「はぁっ!」 ずしん、と崩月の道場に重い響きが木霊した。投げられること二十二回。真九郎がまた地に伏せた。 「今日はここまで。お疲れ様でした真九郎さん」 実ににこやかに真九郎を見下ろしながら夕乃が言う。汗一つ掻いた様子もない。 彼女がさっきまで真九郎をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていたと、一体誰が信じようかという程の余裕振りだった。 「あ、ありがとう……ございました」 真九郎が、体に残響するダメージを抑えながらなんとか立ち上がる。意識が遠くなりながらも挨拶は欠かさない。 「それじゃあ真九郎さんはお風呂に行ってきて下さい。着替えは用意しておきますから」 冷たい水で絞った手拭いを渡しながら夕乃が言う。 それを受け取り、体を拭きながら、真九郎は「分かりました」と答えた。 一度、庭に出て井戸から水を汲み上げる。桶にたまった冷水を、真九郎は勢い良く体に掛けた。 熱と痛みとが水に流されるかのように引いていく。 「ふぅっ……」 恐らく、この後風呂に入り、上がる頃には痛みなどないだろう。夕乃はそうなるように手加減していた。 「敵わないよなぁ……」 668 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20 18 10 ID xjybrmRf 手加減した上でそこまで考えられる夕乃に、圧倒的な力量差を感じる。 ――まだまだ未熟だ。 改めて自らの実力を思う。体が出来ていても技が未熟。そして何より心が薄弱。 その事を痛感する。 しかし、それが紫を守れない理由になっても、守らない理由にはならない。 「守るんだ……絶対に」 例え今は未熟でも、いずれ必ず強くなる。 ただ今は出来る事を出来る限りする。 それを胸に誓う。 「っし!」 自らを一喝。 誓いを新たに、真九郎は歩き出す。 ――今はまあ、取り敢えず風呂場へと。 *** 「あれ?」 真九郎が風呂場に入ると先客がいた。 湯船に浸かるのは金髪の少年王・柔沢ジュウ。 しかし、脱衣所に服は見当たらなかったはずだが。 「服はついさっき持ってかれた。洗うというから断ったが、何せこっちは全裸。出て行って止めることも出来ずに無理矢理だ」 苦笑いを浮かべたジュウが、真九郎の疑問に先回りして答える。どうやら先にこちらに来た夕乃がジュウの服を持っていったらしい。 だから脱衣所には服がなく、ジュウが中にいると気付けなかったのだ。 「あ……悪いな、じゃあ上がるまで待ってる」 「俺なら構わない。入ってけ。疲れてんだろ」 崩月家の風呂は広い。ジュウと真九郎が同時に入っても、まだ余裕がある程だ。 ジュウの言葉に「じゃあ」と真九郎は従う。 真九郎は腰を下ろし、まずは湯浴みをする。 「しかし凄いな、お前」 呟いたのはジュウだ。真九郎の体を見つめながらぽつりと零す。 「俺がか?」 「ああ」 まさか、といった風に真九郎が肩を竦めてみせる。 「何も凄くなんかないさ」 「いや」 卑下する真九郎をジュウが否定する。 「お前は戦う力を持ってるじゃないか。そして、それを自らが正しいと思う事に使える。それは十分凄いことだと、俺は思う」 「それを言うなら、ジュウの方が……すまない。柔沢殿の方が凄いと思いますが」 「止せ、さっきも言ったろう。そういうのは苦手なんだ。ジュウ、で構わない。勿論敬語も要らない」 「そうか……。でもやっぱりジュウの方が凄いだろ。何せ一国の王だ。何でも出来るじゃないか」 湯浴みを終え、湯船に浸かりながら真九郎が言う。 その言葉に、ジュウは苦い表情を浮かべた。 「凄いのは周りの奴らだよ。戦争も、政治も、周りの奴らが居るから出来る。俺一人じゃ、子供一人守ることすら出来ない」 669 伊南屋 sage 2007/01/07(日) 20 19 11 ID xjybrmRf 「でも、ジュウの周りに居る人はお前を慕って集まってるんだろ? だったらそれは、ジュウの力じゃないか」 「……そうかも知れない。だけど、俺はやっぱり一人で戦う力を持つお前が羨ましい」 「それを言ったら、俺は一人じゃ絶対出来ない事が出来るジュウが羨ましいよ」 よく似た二人は、しかし互いに羨み合う。 その事に、自然とある言葉が二人から苦笑と共に零れた。 「「所詮は無い物ねだりか……」」 重なり合う二人の呟きは、風呂場の壁に反響して消えた。 697 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23 13 00 ID Su7byAgy 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 Ⅹ. 「へい、らっしゃい!」 店内へと足を踏み入れたジュウに、威勢の良い声が浴びせられる。同時、鼻孔を刺激するスープの香り。 真九郎に案内された店は宿も兼ねた大衆食堂。楓味亭という名のこの店はなかなかに繁盛しているらしく、昼時らしい賑やかな喧騒に溢れていた。 それを見て、ジュウは内心辟易する。人混みは余り得意ではない。王として、それなりの経験を経ているジュウにとって、それだけは幼少から変わることのない事実だった。 真九郎は紫を連れ、さっさと空いた席を見つけ腰を下ろすと、ジュウに手招きをした。 ジュウは溜め息ひとつ。味は、せめて混雑しているだけはあるんだろうなと考え、真九郎の向かいに座り、この店に来るまでの経緯を思い返し始めた――。 *** 「お昼は如何なさいますか?」 そう問うたのは夕乃だった。柔らかい笑みを浮かべ、風呂上がりのジュウと真九郎に尋ねてくる。 言われてみて気付いたが、よく考えればジュウ達は今朝から何も口にしていない。今までは忘れていたが、一度意識してしまうと空腹感が襲ってくる。 それは真九郎も同じようで、盛大に腹の虫が存在を主張した。 「あらあら。ふふ、ではご飯の準備しますね」 「いや」 否定の言葉を口にしたのは二人同時。真九郎とジュウだった。 重なった言葉に互いを見やり、次の言葉を先に口にしたのはジュウだった。 「風呂まで借りて、これ以上迷惑は掛けられない。俺達は外で食べるから心配しないでくれ」 「……そうですか」 若干、寂しそうに夕乃が呟く。 「俺も」 そこに真九郎も言葉を重ねた。 「村上の所に挨拶も兼ねて飯を食いに行くよ。だから、俺も遠慮しとく」 「挨拶ですか……」 二人の答えに不満気ではあったが、夕乃は納得したらしく頷く。 「分かりました。そういう事でしたら仕方ありませんね」 そう言って、不満気だった表情を朗らかな笑みに変える。 「じゃあ、もう行くよ」 「はい、お気を付けて」 「一つ良いか?」 割り込むようにジュウが質問する。夕乃は真九郎からジュウに視線を移した。 「雪姫はどこにいる?」 「まだ客間のはずですが」 「すまない」 一言を残し、ジュウは足を客間に向ける。 その後をなんとなくだろうか。真九郎と夕乃が付いて歩いた。 客間に着いたジュウは、襖を開ける。 「雪姫、出掛ける……ぞ」 698 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23 14 54 ID Su7byAgy 最後の方が歯切れ悪くなったのは中の光景に嘆息したからだ。 「ふぉふぉふぃ?」 恐らくは「どこに?」と言ったのだろう。しかし口の中に食べ物を詰めた状態では、発音は不明瞭極まり無かった。 しかもその隣ではいつの間に屋敷に入ったのか。円も膝の前に置かれた膳を黙々と口に運んでいた。 「如何なさいます?」 夕乃が苦笑混じりに尋ねてくる。 「……外で食べるさ。すまんがこいつらは頼む」 「護衛をお連れにならなくて宜しいんですか?」 「勝手に飯をたかる奴が護衛とは認めたくないんでな」 「そうですか」 襖を閉じ、二人の付き人を視界から消し去る。 そのまま玄関へと真っ直ぐ歩き出そうとした時だ。 木張りの廊下の向こうから軽い足音が聞こえた。ぱたぱたと言うその足音は紫だった。 「真九郎! 出掛けるのか?」 「ああ」 「ならば私も付いて行くぞ!」 宣言し鷹揚に頷く紫だが、真九郎は内心困っていた。 街に連れ出せば紫は危険に晒すことになる。まして、付いていられるのは自分一人。 悩む真九郎の肩を叩く手があった。 「あ~……なんだ。俺も着いてくから連れて行ってやらないか?」 それは、子供には甘いジュウの見せた優しさであった。 *** ――ということがあって今。ジュウ達は楓味亭に来ていたのだ。 「いらっしゃいませ」 席に着いたジュウ達に、抑揚の少ない声が掛けられた。 声の主に視線を向けると、そこには一人の少女が無表情に立っていた。 「よう、銀子」 真九郎が親しげに声を掛ける。知り合いらしい。親愛の情を露わに、真九郎は笑顔を浮かべ銀子と呼んだ少女に笑いかけた。 「帰ってたのね」 真九郎とは対照的に感慨もなさそうに返す銀子にジュウは疑問を投げかけた。 「真九郎の知り合い……なのか?」 その問に答えたのはしかし、銀子ではなく真九郎だった。 「こいつは村上銀子。楓味亭の店主の一人娘。俺の幼馴染みってとこかな?」 その答えにジュウは成る程、と思う。だから真九郎はあんなに親しげに声を掛けていたのか。 銀子はそうでもないように見えるが、逆に親しいからこそ、余計な気を張る必要が無く、素っ気ない態度を取れるとも言えるかも知れない。それ以上の感情も或いは、あるのかも分からないが。 「ところで真九郎。この子は?」 銀子の視線が紫を捉える。 「私は九鳳院紫だ!」 699 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23 16 21 ID Su7byAgy 答えようとした真九郎より先に紫が名乗る。九鳳院という単語を出した事に真九郎とジュウ。二人は冷や汗を流した。 まわりを眺めれば、紫の声は店内の喧騒に紛れたらしく、こちらを注視している者はいない。 銀子も一瞬、驚きの表情を見せたが騒ぐ事はせず、しゃがんで紫に視線を合わせると柔らかい笑みを浮かべた。 「よろしく、紫ちゃん」 ジュウはそれを見て意外に思う。冷徹そうだった表情から一転、慈母のような微笑みを浮かべる事が出来たのか。 それを見てなんとなく、短い時間ながら銀子という少女の少女の人となりが分かったような気がした。 冷静沈着、しかし情に厚く思いやり深い。それが銀子の本質であるように思う。 「じゃあ、アレってあなた達絡みなのかしら」 呟いた銀子の台詞に、ジュウと真九郎は疑問符を浮かべる。 「アレってなんだ?」 真九郎の質問に、銀子は若干声を落として答えた。 「街外れの森で、怪しい奴らが集まってるって話。“商売柄”そういう情報が入ってくるから。」 そこで銀子は溜め息を一つ漏らす。 「そこにこんな大物二人を――名乗らなくても紫ちゃんでない方が誰かは分かるわ。その二人を連れて真九郎が来たのよ。関係を疑っても仕方ないでしょ」 その答えにジュウは驚く。夕乃もそうではあったが、銀子の今の口振りからすると自分が誰であるか一目で看破したらしい。 「まあ周りは気付いてないけど、もう少し自分の身を隠す事を覚えたらどう? ジュウ“様”」 確定だ。名乗っていないジュウの名と、それに様を付けた事実。それは言外に自分が国王・柔沢ジュウであると知っている事を物語っていた。 「まあ、そんな事はどうでも良いのだけれど。……真九郎」 瞳に真剣な光を宿して、銀子が言った。 「早く注文してくれる? 今、忙しいのよ」 続 701 伊南屋 ◆WsILX6i4pM 2007/01/20(土) 23 55 04 ID Su7byAgy *** 「なあ、飯なんか食ってて大丈夫か?」 「ちゅるちゅる」 「ああ、大丈夫だ」 「むぐむぐ」 「しかし、飯食うより情報をだな……」 「ず~っ、んくっんくっ」 「飯食わなきゃ情報を教えて貰えないんだよ」 結局。 あれ以上詳しい話は銀子から聞けず、ジュウ達は昼食を食べていた。 真剣な話し合いのはずが、紫がラーメンをすすり、スープを飲む音で緊張感に欠けてしまっている。 「実を言えばな、銀子が今すぐに教えないって事は、一分一秒を争う事態じゃないって事だ。だからむしろ安心すらしている」 真九郎の言葉にジュウは質問を返す。 「銀子だったか。大分信頼してるよな、確かに情報通ではあるみたいだが」 「“通”なんてもんじゃない。歴としたプロだよ」 「プロ?」 「……村上銀次って知ってるか?」 唐突な話題転換に戸惑いながらもジュウが応える。 「ああ、名前と噂くらいは」 ――村上銀次。 伝説の情報屋の名だ。彼は噂話から国家機密に至るまで大量かつ精確な情報を集め、売ったという。 大分前に亡くなったらしく、ジュウ自身彼から情報を買ったことは無いが、昔は彼からどれだけの情報を買えるかが知略戦の勝敗を分けたと言う。 「村上――待てよ、村上って事はまさか」 「そう。銀子は村上銀次の孫娘。二代目だよ。祖父から受け継いだ膨大な情報とその情報源、ネットワーク。それを使い銀子は情報屋を運営しているんだ」 「成る程……」 それならば真九郎の信頼も頷けるというものだ。 「しかし、お前も変わった人脈を持ってるな……」 崩月。村上。そして九鳳院。 ただの少年が持つには強烈過ぎる人脈。無論、その人脈を持つ真九郎がただの少年ではない事は明らかだが。 「実際助かってるよ」 「それは良かった」 不意に降ってきた声に視線を向ける。そこにはいつの間に居たのか。銀子が相変わらずの無表情で立っていた。 「失礼するわね」 そう言って、ジュウ達の席に、銀子も腰を降ろす。 「仕事は良いのか?」 「忙しい時間も終わりかけだしね」 言われてみれば、入ってきた時ほど人は多くない。僅かながら空席も見られた。 「だからまあ、大丈夫。それで、聞きたいんでしょ?」 「ああ、教えてくれ」 「構わないわ」 そう言うと銀子は情報をまとめたらしい、数枚の紙を取り出した。 「助かる」 「良いのよ、有料だから」 さらりと述べる銀子に真九郎は苦笑して応える。 702 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/20(土) 23 56 20 ID Su7byAgy 「……プロだから、か?」 「……プロだから、よ。あんたもその辺ちゃんとしなさいよ?」 「分かってるよ……」 「どうだか」 そう言って銀子は真九郎を見つめる。なんの感情も込められていないように見えるが、ジュウには銀子が真九郎を案じているのが感じ取れた。 「折角だから説明しながら読むわ」 言って、銀子は街外れの不審者について、ゆっくりと話し出した――。 続 708 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00 16 06 ID w014PtwQ 『レディオ・ヘッド リンカーネイション』 ⅩⅠ. 夜。 雲が月を覆い、闇を深くしている。 影はその漆黒に身を潜め、蠢く。 嫌な空だ。ジュウは嘆息を漏らした。 崩月邸。その庭でジュウは今宵起こるであろう惨劇に思いを巡らせていた。 銀子の情報は予想以上に深くまで掴んでいた。 大まかな人数と今夜、襲撃を掛けるであろう事。更には襲撃者の中には裏では名の知れた戦闘屋も含まれる事。 具体的にそれが誰かまでは分からなかったが、これは十分に大きな収穫と言える。 「しかし、昨日の今日で仕掛けてくるか……」 ジュウが漏らした呟きに返す者があった。 「今回は次男坊の独断専行。時間掛けるのはあっちにもマイナスってこったな」 日本酒を杯で飲みながら、崩月法泉がジュウの傍らに立っていた。 不戦を表明しているとは言え、余りにも余裕の態度であった。 ちなみに不戦の理由は「俺が傷つくと涙する女性がいるから」だそうだ。 真九郎や夕乃は、そんな理由を聞いても、既に慣れきっているらしく反論はしなかった。 「さて……そろそろ月も真上に来る。見えちゃいないが多分そうだ。――来るぜ。奴ら」 法泉は目を細め、そう言った。 「――らしいな」 ジュウの呟きに呼応するように。屋敷を包む空気が一変する。ちりちりと首筋を焼く気配。 敵意――或いは殺意。 「始まるか……今夜は長くなりそうだぜ」 酒臭い息と共にこぼされた法泉の言葉は、生温い風に溶かされ、虚空に消えた。 *** 崩月邸――正門 襲撃者の多くは、侵入者を拒むために聳え立つ門の前に集結していた。無論、玄人である所の彼等が無策に正面から仕掛ける筈はない。 陽動である。数十人を攪乱に回し、その他ほんの数名が屋敷に侵入する。 例え陽動であると分かっていてもこの人数。人手を割かぬ訳にはいかない。そう見越しての配置だった。 裏門にも数では劣るが、やはり多くの陽動部隊が配置されている。 だが、この布陣に不満を上げる者もいる。 曲がりなりにも全員が手練れ。素人などは断じて混じっていない。それなのにたかが子供一人を攫うだけ。 ましてや厳重な護衛が敷かれて居る訳でもない屋敷を攻めるのに、この大人数、しかも陽動の為である。 敵を侮るつもりはないが、やはり慎重過ぎると思う。 それがこの部隊の過半数が抱える疑念であった。 709 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00 17 27 ID w014PtwQ しかし、やはりそこは玄人である。与えられた仕事はこなす。 時間が、やってきた。 襲撃者達は動き出す。まずは門破りだ。 先陣を切って走る一団が門に辿り着かんとした時だ。 破る筈であった門が、内から開かれた。その向こうに立っていたのは、少女。 長い黒髪を闇に溶かし、身に纏うは紅袴。 いわゆる巫女装束であった。 「ようこそいらっしゃいました……と言いたい所ではありますが、少々礼に掛けるお客様のようですね」 あくまで穏やかな微笑を浮かべ、少女――夕乃は淡々と語る。 「申し訳ありませんが、お帰り願いますか?」 夕乃の言葉を疑いながらも、襲撃者の一人が一歩踏み出す。 或いは彼が昨晩。ジュウ達と手を合わせた者であれば。相手が少女であっても油断はせず。不用意に近付いたりはしなかっただろう。 ――もっとも。慎重に動いたからと言って何が変わるわけでもないのだが。 「退け、女。退かぬなら容赦はしない」 「退きません。あなた方を通す訳にはいきませんから」 「……ちっ」 男が、音もなく駆け、距離を一瞬で詰める。手にした刃は容赦なく、夕乃の細く白い首を捉え振るわれた。 「あら」 軽い言葉と共に、男の動きが止まる。 「些か短気ではありませんか?」 刃を持った腕は、夕乃が掴んでいた。男は抵抗しようとするもビクともしない。 「お帰り下さい」 言って、夕乃の腕が振るわれる。それは男を掴んでいた腕だ。 軽々しく男の体が宙に舞い、背中から叩きつけられる。と、同時。鳩尾に固く握られた拳が、深々と突き刺さる。 「あっ……がっ!」 口から血を吐き、男が痙攣して横たわる。 「もう一度言いますね? ――お帰り下さい」 その言葉は強く男達を怯ませた。しかし、引く者は誰一人いない。それはプロの意地。 それを見つめ、夕乃は溜め息を吐く。 「仕方ありませんね……」 それでは、と呟き。そこで夕乃は初めて構えをとった。 「次代崩月流当主・紅真九郎夫人予定。崩月夕乃。――参ります」 告げる夕乃の顔は、少し恥ずかしげな笑顔を浮かべていた。 *** 崩月邸――裏門 「本当に来たのね。それもまあゾロゾロと」 円は冷ややかな視線を、眼前の一団に向ける。その声は気だるげに響き、次いで漏らされた溜め息に吹き飛ばされた。 崩月邸裏門。正門同様に陽動部隊が展開されたそこは、既に緊張の糸が張り詰め今にも決壊しそうであった。 710 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00 19 18 ID w014PtwQ 「まったく。うちの王様のお人好しにも困ったものだわ。これが雨ならもっと楽に話は着いていたんでしょうに」 目の前の危機を危機とも思わず愚痴を漏らす。常と変わらぬ円の姿がそこにあった。 「貴様は……っ!」 一団の中から一人の男が声を上げた。 「あら、貴方……」 その男を視界に捉え、円は記憶を掘り返す。それは昨夜、股間に膝を打ち込んでやった男であった。 男はその顔を憤怒に染め、円を睨み付けている。 「……ふん」 しかし、それを見た円は鼻を鳴らすだけであった。詰まらない物を見たとでも言うように視線を逸らす。 「やるなら早くしましょう。退屈なのよ」 相も変わらず自信と侮蔑に満ちた言葉を投げる。張り詰めた緊張は一気に弾け、対峙の場を戦場に変えた。 「おおぉっ!!」 男達の怒号が響く。 「下らない……」 円はただ嘆息し、鞘に仕舞っていた剣を抜き放った。 刹那。無数の剣刃が交差し、悲鳴を生む。 倒れたのは数名の襲撃者。対する円は傷一つなく、息一つ荒らげてすらいない。怜悧なその表情は、ただひたすらに余裕。始まる前と変わるところは無い。 ただ一つの変化。手にした刃だけが血に濡れていた。 「さて、どれくらい貴方達が持つかしら?」 その言葉を呟いた時。ようやく円の顔に、表情らしいものが浮かんだ。 それは、蔑み。ただ対峙する男達が邪魔で仕方ないといった表情。 憎しみではない。そんな感情などぶつけてやらない。そう物語っているような顔。 煩わしい。それだけ。 「次、来なさい。早く終わらせたいの」 再び怒号が響く。 それは夜の闇空を突き、長い戦いの夜の始まりを、今になって告げているようであった。 *** 崩月邸――中庭 怒号が聴こえる。襲撃者達が動き出したらしい。今は夕乃と円がそれぞれに当たっているだろう。 「始まったみたいだね」 ジュウの傍ら、「寝る」と言って中に下がった法泉の代わりに立つのは雪姫だった。 緊張するでもなく、鞘に収まった倭刀の鍔を指で弾いている。今すぐにでも抜きたい。そう言っているようだった。 「陽動……だな」 「だね、あまりにも騒ぎ過ぎだもの」 恐らくはそろそろ、屋敷に別働隊が侵入してくるだろう。紫の側に真九郎が付いているとは言え、決して油断は出来ない。 「――来たんじゃないかな?」 雪姫が常人離れした鋭敏な感覚で、侵入者の存在を察知した。 711 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00 20 32 ID w014PtwQ それを証明するように、塀を越え、中庭に二人の人影が降り立つ。 闇に慣れた瞳に映ったのは、黒い肌に、肩まである鋼鉄のガントレットを装着した巨漢と、口元をマフラーで隠し、胡乱な瞳をした少女であった。 「よし、雪姫。抜いて良いぞ」 敵を確認し、ジュウが雪姫に戦闘許可を出す。雪姫はそれと同時。刹那の内に抜き身の刃を晒していた。 空気が一変する。さっきまではただの少女であった“ソレ”から、殺気が溢れ出す。 「ほう……」 巨漢が興味深げに呟いた。 「こいつは斬島か?」 巨漢は雪姫と、自らの傍らで呆っと突っ立っている少女を見比べた。 「なんだ、詰まらねえ仕事かと思ったら案外イカしたアトラクションがあるじゃねえか」 そう言って巨漢は、携えていた包みを少女に渡した。 「女の子……?」 その様子を見ながらジュウが訝しげな声を上げる。敵にも少女が居るのか。 無論、だからといって手加減はしない。女を殴れば目覚めが悪いが、ここは既に戦場。情けは掛けられない。 ましてやこちらに至っては戦力の多くが女性である。今更驚いた位で、なにが変わる訳でもない。 だが、ジュウは更なる驚きを少女から与えられる事になる。 マフラーをした少女が包みを解く。中から出てきたのは鋸であった。 なんの変哲も無い。木を切り倒す為の工具。或いは刃とも言える。 少女がその鋸――刃を持った瞬間。場に満ちる殺気が倍加した。 「なっ!?」 余りのことにジュウは声を上げる。 似ていた。余りにも似ていた。 吹き上がる殺気は、二人の少女から。互いの存在を否定するその気配はぶつかり合い、質量すら伴って場を圧倒する。 そして、ぶつかり合う殺気は、とてもよく似ていた。 「まさか……斬島なのか? あいつも」 気だるげな目をした少女は――今や笑っていた。 楽しそうに笑っていた。 驚いた様に笑っていた。 泣いた様に笑っていた。 嬉しそうに笑っていた。 そして、心の底から憎そうに笑っていた。 「てめえ……何だ? なんで斬島が此処にいる」 雪姫は、答えない。 「答えなし……か。普通、斬島ならオレの仕事は邪魔しないんだがな?」 そこで少女は一つ思い当たったように「ああ」と頷いた。 「そういや先代の時だったか。勘当した無能が、バカ強え斬島を産んじまって、斬島全体でそいつを消そうとしたらしいな。するってえとアレか。お前がそうなのか?」 712 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00 21 53 ID w014PtwQ 少女は愉快そうに、また笑った。 「あっははははは! 先代の唯一とちった仕事を、オレが片付けるってか!」 その声は、明らかな歓喜の声。 「良いねえ。先代切彦を良いとこまで追い詰めたらしいじゃねえか。そん時の怪我のお陰で存外早くオレに切彦の襲名が回ってきた」 切彦。その言葉に、雪姫が表情を変える。 「切彦……」 「そーだよ、切彦だ。現当主ってとこか。だからまあ、一族の不始末をつける義務? そういうのがあんだよ」 そう言う切彦はあくまで楽しそうだった。実際、義務なんかは建て前で、殺し合えるのが嬉しくて仕方ない。そんな笑みを浮かべていた。 「んじゃま。始めようぜ、はぐれ野郎」 その言葉を皮切りに、二者の殺気は更に膨れ上がる。 「《斬島》第六十六代目切彦!」 「ギミア国軍侍頭・斬島雪姫!」 「「参る!」」 名乗りを上げる二人。告げた名は高らかに。 斬島の正統と、斬島の異端。二つの刃が打ち合う音が、闇夜の空に響き渡った。 *** 「さて、こっちも始めるか」 笑みを浮かべて巨漢が言った。鋼の拳を打ち鳴らし、戦闘への意欲を見せる。 「……戦ったりは好きじゃ無いんだがな」 呟いたジュウの言葉は偽らざる本心だった。戦うという行為は酷く疲れる。わざわざ疲れる事を進んで行う程、ジュウは物好きでも自虐嗜好者でもない。 それでも。売られた喧嘩を買わない程に、大人しくもない。 ジュウは、足元に置いていた物を拾い上げた。 それは、長く巨大な鉄板だった。その一端には握りとなる部分がある。 否、それは鉄板等ではない。幅広の大剣だ。なんの装飾もなく。柄もただ、布が適当に巻かれただけ。 しかし、飾りがないからこそその剣は、ただひらすらに武骨な暴力性を主張していた。 それをジュウは構える。 軽く揺するだけでまるで空気が震えるような圧迫感を醸し出す大剣を見て、巨漢は笑っていた。 「ほお……そいつで壊すってか。良いねえ、壊し合いは望むところだ」 ――壊し合い。殺し合いではなく、壊し合い。人を肉塊としか見ず、ただ潰す。 その言葉を使った巨漢は、今までそういった戦い方をしてきた。そう告げるような物言い。 「てめえ、外道だな」 「斬島の嬢ちゃん達程じゃないさ」 713 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00 23 24 ID w014PtwQ そう言って、皮肉な笑みを浮かべながら、男は拳を突き出した。 「折角だから名乗るとしようか」 ずしん、と四股を踏むように脚を鳴らす。それを見て、ジュウも瞳に真剣な光を宿し巨漢を睨んだ。 「《鉄腕》ダニエル・ブランチャード! ――お前さんは?」 「ギミア国王・柔沢ジュウだ。覚えとけ薄らデブ」 瞬間、弾けるは《鉄腕》の巨漢。自らの巨体を一塊の砲丸として突進する。 ジュウは大剣を強く握り、それを迎え討つ。 地を揺るがす衝撃が、二人の間で激突した。 *** 崩月邸――当主の間 外は既に戦場になっているらしい。無数の怒号が邸内にまで聞こえている。 真九郎は紫を胸に抱きながらそれに耳を傾けていた。 「真九郎……」 怯えているのだろう。聞こえるか聞こえないかと言うほどにか細く、震えた紫の声が真九郎を呼んだ。 「なんだ?」 恐怖を払拭させる為、優しく聞き返す。紫は不安に声を揺らしながら答えた。 「みんな、大丈夫だろうか?」 紫は、皆を案じていた。 狙われているのは自分なのに。一番危ないのは自分なのに。それでも尚、周りを案じていた。 優しい娘だと、真九郎は思う。だから、そんな娘を不安にさせてはいけないとも。 「――大丈夫だよ。みんな大丈夫だ」 真九郎は言う。紫に言い聞かすように。自分に言い聞かすように。 「みんな、強い。負けたりしない。勿論、紫に手を出させなんかしない」 自分でも驚く程、力強く断言できた。或いは、ジュウ達への信頼がそうさせたのか。 「そうだな。真九郎」 紫が、真九郎に抱かれながら笑みを浮かべた。満面の笑みだ。 「ありがとう」 そう言って紫は真九郎を抱き締めた。 紫の腕が伝える感覚に、真九郎は自分も安心していくのを感じていた。この娘の為に戦えおうと、改めて思う。 その時だ。真九郎は自分の顔から笑顔が消えるのが分かった。 「……な?」 いつの間にか。巨体が視界を遮っていた。いや、それは巨体などと生易しい物ではない。余りに巨大なその姿は人ではなく、むしろそう――怪物を思わせた。 腕だけで真九郎の胴程もある巨体。 それが、何故ここに? ジュウ達が既にやられたとは思えない。証拠に外の騒ぎは収まっていない。 ならば見逃した? この巨体を? 有り得ない。本来ならば。 しかし、たった一つ分かる事実。 こいつは、敵だ。 「紫。巻き込まれないように下がってろ」 714 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/01/23(火) 00 24 31 ID w014PtwQ 紫を庇うように真九郎は立ち上がる。 離れていく紫を背後に感じながら、真九郎は目の前の大男を睨み付けた。 「にげ、る。むらさき。にげる」 濁った声で呟きながら、大男は紫を目で追いかける。 「どこを見てる」 真九郎が、大男に声を掛ける。その瞳にはありありと敵意が浮かんでいた。 守る。紫を。 その為には、こいつを倒さなければ。 今、真九郎に出来るのは、外を守っているジュウや夕乃を信じること。そしてこの侵入者を排除すること。 深く息を吐き出し、構えをとる。 それを見て大男は、笑みを浮かべた。獲物を見つけた獣の瞳。 「おまえ、じゃま。じゃまする。ころす」 たどたどしく言葉を並べる大男は、全身に力を行き渡らせる。 まるで巨大化したと錯覚する程に気が膨れ上がる。 気圧されそうになるが、なんとか踏みとどまる。 「へえ……《ビッグフット》を見てビビらないなんてね」 不意に、大男の背後から声がした。 「彼、フランク・ブランカって言うんだ。《ビッグフット》っていう二つ名を持ってる戦闘屋なんだ」 楽しそうに言いながら、フランクの背後から現れたのは、細身の少年。 「に、兄様……」 遠く、様子を伺っていた紫が呟く。 それだけで真九郎は全てを察した。こいつが、紫の兄。紫を穢そうとしている糞野郎か。 「お前……」 「さあ、《ビッグフット》と。この無知な下郎に、身の程を教えてやれ」 「お、おう!」 フランクの巨体が、躍動した。 丸太のような腕が振るわれる。真九郎はそれを腕で防御するが、身体ごと弾かれ後方に吹き飛ばされる。 壁を打ち砕き、真九郎の体が瓦礫に沈んだ。 「真九郎っ!」 紫の悲鳴が木霊する。 「――大丈夫だ」 真九郎が瓦礫の中から立ち上がる。 「大丈夫だよ、紫。こんなの大した事ない」 真九郎は、口の端から血を垂らし、しかしその顔は、あくまで優しい微笑を浮かべ、紫を見つめていた。 それもすぐ消え、フランクに真剣な目を向ける。 「まだだ」 見つめる視線は真っ直ぐに。 倒すは二人。巨人と首領。とりあえず今は、巨人を先に。 真九郎は、その身体を低く、巨人に突進させた。 続